約 1,944,538 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/82.html
アルゴニアン報告 第1巻 ウォーヒン・ジャース 著 帝都の小さいが立派な広場の一角に置かれている、または、ぐったりとしているのがヴァネック卿の建設会社である。その想像力に欠けた質素な建物は、芸術性や建設設計に関してはあまり有名ではなく、むしろその並外れた長さによって知られている。もし批判的なものが、なぜヴァネック卿はあのような飾り気のない、伸びきった突起物を好むのかを疑問に思ったとしても、彼らはそれを口にしなかった。 第三紀398年、デクマス・スコッティは建設会社の先任書記であった。 内気な中年の男がヴァネック卿の下へ、五年戦争によって破壊されたヴァレンウッドの街道を修復する独占権をこの建設会社に与えるという、今までの契約の中でも最高の利益を得られる契約をもたらしてから数ヶ月が経過していた。これによって彼は、管理職や書記に間で人気者になり、彼の冒険を物語る日々を過ごしていた、大体に関しては忠実に…… 彼らの多くはシレンストリーによって催された、祝賀のアンスラッパローストに参加していたので、結末は除いてあった。聞き手に彼らは人肉をむさぼり食ったと伝えるのは、どのような気の利いた話であっても、その質を高めるものではないからである。 スコッティは特に野心家でもなければ勤勉者でもないので、ヴァネック卿が彼に何もすることを与えなかったことは気にしていなかった。 いつでもあの、小太りで小さなふざけた男が職場でデクマス・スコッティに出くわすと、ヴァネック卿は必ず、「君はこの建設会社の名誉である、頑張りたまえ」と言う。 最初の頃は、何かしていなければいけないのかと心配したが、数ヶ月がすぎて行くにつれ、彼はただ「ありがとうございます、がんばります」と答えるだけになっていった。 一方、将来のことも考えなければならなかった。彼は若くもなく、何もしない人にしてはかなりの給料も貰ってはいたが、近いうちに引退する破目になり、何もしない、何も貰えない人になってしまうのではないかなどと考えた。もしヴァネック卿が、ヴァレンウッドの契約が生み出す何百万もの金への感謝から、快くスコッティをパートナーにしてくれれば、それは素晴らしいことだと考えていた。最低でも、彼にお宝の歩合をほんの少しでも与えてくれればと考えていた。 デクマス・スコッティはそのような事柄を請求するのは苦手であった。それが、ヴァレンウッドでの先任書記としての目覚しい成功の前は、アトリウス卿にとって彼が手際の悪い代理人であった1つの理由である。彼がヴァネック卿に何か言おうと決断しかけた時、閣下が突然話を進めた。 「君はこの建設会社の名誉である」と、よぼよぼした背の低いものは言い、そして一瞬止まった。「予定に少々、時間の空きはないかね?」 スコッティは躍起になってうなずき、閣下の後を、あの悪趣味な装飾を施された、誰もがうらやむ巨大な部屋へとついていった。 「君がこの建設会社に居てくれることを、ゼニタールの神に感謝します」小男が甲高い声で雄大に言った。「知っているかは知らないが、我々は君が来る前はひどい苦境に立たされていた。確かに大きな計画はあったのだが、成功はしなかった。例えばブラック・マーシュ。我々は、何年間も商業用の街道や他の通行用の路線の改善を試みてきた。私はその件に最適の男、フレサス・ティッジョを送り込んだが、膨大な資金と時間の投資をよそに、毎年それらの路線上の貿易は遅くなる一方であった。今は、君の良くまとまった、建設会社の利益を押し上げてくれるヴァレンウッドの契約がある。君が報われるべき時期が来たと思う」 スコッティは謙虚さと、かすかな欲をまとった笑顔を見せた。 「フレサス・ティッジョからブラック・マーシュの仕事を引き継いでもらいたい」 スコッティは心地よい夢から恐ろしい現実へと引き戻されたかのように震え、「閣下… わ、私には……」 「大丈夫だ」ヴァネック卿は甲高い声で、「ティッジョのことは心配しなくてもよい。手渡す金で彼は喜んで引退するであろう、特に、この魂をも痛めつけるほどに難しい、ブラック・マーシュ事業の後ではな。君にこそ相応しい挑戦である、敬愛なるデクマスよ」 スコッティは、ヴァネック卿がブラック・マーシュに関する資料を取り出している最中、声は出せなかったが口は弱々しく「嫌」の形をしていた。 「君は、読むのは早いほうであろう」ヴァネック卿は推測でものを言った。「道中で読んでくれたまえ」 「どこへの道中ですか……?」 「ブラック・マーシュに決まっておるではないか」小男がクスクス笑った。「君は面白い男だ。行われている仕事や改善の方法を他のどこへ行って学ぶというのだ?」 次の朝、ほとんど触れられていない書類の山とともに、デクマス・スコッティはブラック・マーシュへと南東に向かって旅立った。ヴァネック卿が、彼の最高の代理人を保護するために、壮健な衛兵を雇っていた。少々無口なメイリックという名のレッドガードである。彼らはニベンに沿って南へと馬を進め、それから彼らはシルバーフィッシュに平行して、川の支流には名前もなく、草木は北帝都地方の上品な庭園からではなくまるで違う世界から来たような、シロディールの荒野へと進んだ。 スコッティの馬はメイリックのそれにつながれていたので、書記は移動しながら書類を読むことができた。進んでいた道に注意を払うことは困難ではあったが、建設会社のブラック・マーシュにおける商取引に関して、最低でも大雑把な知識が必要であることをスコッティは分かっていた。 それはギデオンからシロディールへの街道の状態を改善するために、裕福な貿易商ゼリクレス・ピノス・レヴィーナ卿から初めて数百万の金を受け取った、40年前にさかのぼる書類が詰まった巨大な箱であった。当時、彼が輸入していた米や木の根が帝都に到着するまでには、半分腐って3週間という、途方もないような時間がかかるものだった、ピノス・レヴィーナはすでに亡くなっているが、数十年にわたってペラギウス四世を含む多くの投資家たちが、建設会社を雇っては道を作り、沼の水を抜き、橋を作り、密輸防止策を考案し、傭兵を雇い、簡単に言えば歴史上最大の帝都の思いつく、ブラック・マーシュとの貿易を援助するためのすべての方策を行わせてきた。最新の統計によると、この行為の結果、今は荷物が到着するまでに2ヶ月半かかり、完全に腐っているとのことである。 読みふけった後に周りを見回すと、地形は常に変化していたことにスコッティは気付いた。常に劇的に。常により悪く。 「これがブラックウッドです」と、メイリックはスコッティの無言の問いに答えた。そこは暗く、木が生い茂っていた。デクマス・スコッティは適切な地名であると思った。 本当に聞きたかった質問は、「このひどい臭いは何?」だった。そして、後に聞くことができるのだった。 「沼沢地点です」メイリックは、木と蔓が絡み合い、影の多い通路が空き地へと開ける角を曲がりながら答えた。そこにはヴァネック卿の建設会社、そしてタイバー以降のすべての皇帝が好む、型にはまったインペリアル様式の建物がまとまって建てられており、目もくらみ、腸がねじれるような強烈な汚臭と相まって、突然すべてが劇薬にさえ思えた。至るところを飛び回り、視界をさえぎる深紅色で、砂の粒ほどの虫たちの大群も、その光景を見やすいものにはできなかった。 スコッティとメイリックは、元気いっぱいに飛び回る大群に向かって瞬きを繰り返しながら、近づくにつれ真っ黒な川のふちに建てられていることが判明した一番大きな建物に向けて馬を進めた。その大きさと厳粛な外観から、対岸の茂みへと続く大きな気泡を発する黒い川に架けられた、幅広の白い橋の通行人管理と税徴収の事務所であるとスコッティは推測した。それは光り輝く頑丈そうな橋で、彼の建設会社が架けたものであるとスコッティは知っていた。 スコッティが一度扉を叩いたとき、いらいらした汚らしい役人が扉を開いた。「早く入れ! ニクバエを入れるな!」 「ニクバエ?」デクマス・スコッティは身震いした。「人間の肉を食べると言うことですか?」 「馬鹿みたいに突っ立てれば食われるさ」と、兵士は呆れたように言った。彼には耳が半分しかなく、スコッティは他の兵士たちも見たが、全員いたるところをかまれており、1人は鼻が完全になかった。「それで、何の用だ?」 スコッティは用事を伝え、要塞の中ではなく外に立っていたほうが、より多くの密輸者を捕らえられるであろうと付け足した。 「そんなことより、あの橋を渡ることを気にしたほうがいいぞ」と、あざけるように兵士が言った。「潮が満ちてきている。もし急がなかったら、4日間はブラック・マーシュへ行けないぞ」 そんな馬鹿な。橋が上げ潮に呑まれる、それも川で? 兵士の目が、冗談ではスコッティに伝えていた。 砦から外に出た。ニクバエから拷問されることに嫌気がさした馬は、どうやら止め具を引きちぎり、森の中へと消えたらしい。川の油質の水は既に橋の厚板に達しており、その隙間から滲み出ていた。ブラック・マーシュへ行く前に、4日間の滞在に耐えるのは構わないとスコッティは考え始めていたが、メイリックは既に渡り始めていた。 スコッティは彼の後をあえぎながら追った。彼は昔から壮健ではない。建設会社の資料が入った箱は重かった。途中まで渡ったとき、彼は息をつくために立ち止まった、そして、動けないことに気がついた。足が固定されていたのである。 川を覆う黒い泥には粘着性があり、スコッティが行く厚板の上に泥が打ち寄せたとき、彼の足をしっかりと固定してしまった。彼はうろたえてしまった。スコッティはそのわなから顔を上げ、メイリックが板から板へ飛び移りながら、対岸のアシの草むらへの距離を急速に縮めていくのを見た。 「助けてくれ!」と、スコッティは叫んだ。「動けない!」 メイリックは跳ね続け、振り返りもしなかった。「はい、残念ながら、もはや、お痩せになられるしか、なすすべはありません」 デクマス・スコッティは、自分の体重が数マイル多いことも分かっていたし、食事を減らして運動を増やすつもりでもいたが、減量が現在の苦境から速やかに彼を救ってくれるとは到底思えなかった。ニルンに存在するいかなる減量も、その場では助けにならない。そこで、よく考えてみるとあのレッドガードは、資料の詰まった箱を捨てろと言っていたのだと気がついた。メイリックは既に、それまで持っていた重要な物質を何ひとつ持ってはいなかった。 ため息をつきながら、スコッティは建設会社の記録書類が入っている箱をネバネバした川の中に捨て、厚板が数ミリ、辛うじて自身を泥の束縛から解放するに足るだけ浮き上がるのを感じた。恐怖から湧き上がる敏捷性で、スコッティは板を3枚ずつ飛ばしながら走り、川が彼を捉える前に跳ね上がりながらメイリックの後を追った。 四十六回跳んだところで、デクマス・スコッティはアシの茂みを抜けて、メイリックの後ろの硬い地面に着地し、ブラック・マーシュに到着した。彼のすぐ後ろで、橋と、もう二度と目にすることがない建設会社の重要で、公式な記録書類の詰まった箱が、上昇する汚物の洪水に飲み込まれていく嫌な音が聞こえた。 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/274.html
本物のバレンジア 第1巻 著者不明 500年前のことだ。宝珠の街、モーンホールドに盲目の未亡人と、かさばる体つきの独り息子が暮らしていた。亡き父がそうであったように、彼もまた鉱員であった。マジカの才能に乏しいため、モーンホールドの王の所有する鉱山でありふれた肉体労働についていた。立派な仕事ではあったが、賃金は安かった。母親は手作りのコーンベリーのケーキを市場で売って、苦しい家計の足しにしていた。なんとか暮らしていけるものね、と母は言った。食事に困ることもないし、衣服は一着もあれば事足りるし、雨が降らなければ雨漏りもしないから、と。が、シムマチャスはそれ以上のものを望んだ。とてつもない鉱脈を掘り当てて、高額の賞与を手にすることを夢見ていた。仕事が終わればジョッキを片手に酒場で友人と盛りあがり、賭けトランプに興じていた。かわいいエルフの娘たちに色目を使い、ため息をつかせてもいたが、まともに相手にされることはなかった。彼は典型的な田舎育ちのダークエルフの若者で、巨体以外にはとりえがなかった。ノルドの血が混じっているのではないかという噂もあった。 シムマチャスが30歳のとき、モーンホールドの街が歓喜にわいた。王と王妃に女の子が授かったのだ。「女王様の誕生だ!」と人々は喜びを歌にした。モーンホールドの民にとって、女の世継ぎが生まれたことは、未来の平和と繁栄を約束する象徴でもあった。 王族の子の「命名の儀」が近づくと、鉱山はいったん休業となった。シムマチャスはすっ飛んで家に帰って体を洗い、一張羅を身につけた。「真っ先に家に帰ってきて母さんに報告するから」と、出かけられない母親をきづかった。体が弱っていたこともあったが、祝典に集った人ごみの渦に飲み込まれてしまいかねなかったからだ。それに盲目のため、いずれにしても何かを見ることはかなわなかった。 「おまえや」と、母は言った。「出かける前に、僧侶か医者を呼んできておくれ。おまえが帰ってくるまでにおだぶつになっちまいそうだよ」 シムマチャスはわら布団に横たわる母のもとへ近づくと、ひどく不安になった。母のおでこは燃えるように熱く、その息も浅かった。床板を力ずくでずらすと、その下に隠してあったわずかばかりの蓄えをじっと見た。僧侶に治療してもらうにはとても足りなかった。すべての蓄えをはたいたうえで、残金を借りることになりそうだった。シムマチャスは外套を引っつかむと、あわてて出ていった。 通りは聖なる森へと急ぐ人々でごった返していた。が、神殿の門は閉ざされ、かんぬきで錠がしてあった。「儀式のためご容赦ください」と、どの張り紙にも記されていた。 シムマチャスは人ごみを肘でかき分けて進み、茶色の法衣に身を包んだ僧侶になんとか追いついた。「儀式が終わってからではいけませんか」と、僧侶が言った。「お布施さえ頂けるなら喜んで診てあげましょう。聖職者は全員出席するようにとの陛下のお達しですし、陛下の機嫌を損ねるわけにはいきませんので」 「母はひどい病気なんです」と、シムマチャスは泣きついた。「ただの僧侶がひとり欠席したくらいで、陛下が気にされるとは思えません」 「もっともです。が、大司教が気にされる」と、僧侶はいらついて言った。法衣にすかりつくシムマチャスの手を振り払い、群集の中に消えた。 シムマチャスは他の僧侶や魔術師にさえも頼んでみたが、徒労に終わった。鎧をまとった衛兵がつかつかと歩いてくると、手にした槍で彼を脇へ押しやった。王族の行進が近づいてきた。 王家の面々を乗せた馬車が通り過ぎようとしたとき、シムマチャスは人ごみから走り出て声を張り上げた。「陛下、陛下! 母が死にそうなのです!」 「かように輝かしい夜に死ぬことなど認めん!」と、王が叫んだ。高らかに笑いながら、群集に金をばら撒いた。シムマチャスは王のワインの息をかげるほどまで近づいていた。馬車の奥では王妃が赤ん坊を胸に抱き寄せて座っていた。流し目でシムマチャスを見やると、蔑むように鼻の穴をふくらませた。 「衛兵!」と怒鳴った。「この男をなんとかして」シムマチャスは荒っぽい手に鷲づかみにされると、道の脇まで殴り飛ばされ、その場で呆然としていた。 頭痛をこらえながら人ごみのあとをついていき、丘のてっぺんから「命名の儀」を見届けた。僧侶は茶色の法衣を、魔術師は青色の法衣を纏い、はるか眼下の高貴なる面々のもとへ集っていた。 バレンジア。 シムマチャスはぼんやりとその名を耳にした。地平線の両端にある双子の月「昇りしジョン」と「沈みしジョド」に差し出すようにして、高僧がおくるみに包まれた赤子を高くかかげた。 「ご覧あれ、モーンホールドの地に生を受けしバレンジア王女を! 親愛なる神々よ、何時の祝福と賢慮を与えたまえ。王女がやがて理をもってモーンホールドを支配するその日のために。叡智と繁栄、友情と家族の土地を守りたまえ」 「王女ばんざい、王女ばんざい」と、王と王妃のまわりに集まった人々も、両手を突き上げながら、歌うように叫んだ。 シムマチャスだけがひっそりとたたずみ、うなだれていた。最愛の母が亡くなったと心で感じていた。静寂のなか、揺るぎない誓いを立てた。みずから王の災いとなってみせよう。無意味な死に追いやられた母へのとむらいとして、バレンジアを我が嫁として迎え入れ、やがて生まれる母の孫にモーンホールドの地を支配させるのだと。 *** 儀式が終わり、シムマチャスは王族の行進が宮殿へと戻っていくのを冷ややかに見つめた。最初に話しかけた僧侶がやってきた。シムマチャスがゴールドを手渡し、治療がすんだらもっと報酬がはずむことを約束すると、今回はいかにも嬉しそうな顔をしてついてきた。 母親はすでに死んでいた。 僧侶はため息をついて、金の入った袋をしまい込んだ。「ほんとうに残念です。もちろん、残金のことは忘れてもらってけっこう。私にできることはひとつもありませんから。きっと──」 「おれの金を返せ!」と、シムマチャスは怒鳴りつけた。「おまえは何もしてないじゃないか!」威嚇するように右腕を振りかざした。 僧侶は後ずさりし、呪詛をつぶやきかけた。が、三つめの言葉を口にしたところで、シムマチャスに顔面を殴りつけられた。がっくりと膝をついてくずおれると、火をくべるための炉に使われている石のひとつにまともに頭をぶつけた。即死だった。 シムマチャスはゴールドをひったくると街から逃げた。走りながら、ある言葉を何度も何度もつぶやいていた。ちょうど妖術師が詠唱するように。「バレンジア」そう言った。「バレンジア。バレンジア」 *** バレンジアは宮殿のバルコニーから中庭をながめていた。まばゆいばかりの鎧をまとった兵士がぶらぶらしていたが、やがていつもの順番に整列してバレンシアの両親を出迎えた。王も王妃も宮殿から出てきたところだった。ふたりとも黒檀の鎧で全身を包み込み、紫に染めた長い毛皮のコートをたなびかせていた。豪華絢爛に飾り立てられた肌つやのいい黒毛の馬が引いてこられると、そこにまたがった。それから中庭の門まで進んでいき、振り返ってバレンジアに一礼した。 「バレンジア!」と、ふたりが声を張り上げた。「われらの愛しい娘よ、さらばだ!」 少女は涙をごまかすように目をしばたたき、気丈に手を振ってみせた。お気に入りの銀狼の子のぬいぐるみであるウッフェンをもう片方の手で胸に抱き寄せながら。両親と離れ離れになるのは初めてのことだった。それが何を意味するのか彼女には見当もつかなかった。はっきりしているのは西方で戦争が起きたらしく、誰もが憎悪と恐怖を込めてタイバー・セプティムの名を口にしているということだけだった。 「バレンジア!」と、兵士たちが叫んだ。手にした槍や剣や弓を振り上げながら。そして、彼女の両親は背を向けて走り去っていった。そのあとを騎士たちが追っていき、やがて中庭はほとんどもぬけの殻になった。 *** しばらくたったある日のこと、バレンジアは乳母に揺り起こされた。あわただしく服を着せられると、彼女の背におぶさって宮殿をあとにした。 この恐ろしい経験についてバレンジアが覚えているのは、空を埋めつくす巨大な影に燃えるような瞳が光っていることだけだった。外国の兵士が現れては消え、そしてまた現れた。乳母はいなくなり、見知らぬ人たちがかわりにやってきた。怪しげな人たちもいた。数日間、ひょっとすると数週間、旅が続いた。 ある朝、バレンシアは目が覚めると、馬車から歩み出た。外は寒かった。巨大な灰色の石造りの城が、灰白色の雪でまばらに覆われた丘の中腹に立っていた。その丘はくすんだ緑色をしており、ひっそりとしていてどこまでも続いていた。彼女はウッフェンを両手でしかと抱き寄せ、灰色の朝もやの中で眼をぱちくりさせながら震えていた。この果てしない、灰色と白色の支配する場所にいると、なんだか心細くなり、ひどく気が滅入った。 バレンジアとハナは城砦に向かった。この茶色い肌と黒い髪の女中とはここ数日のあいだ旅をともにしていた。ふたりが城砦に入ると、くすんだ金色の氷のような髪をした、上背のある青白い女が暖炉のそばに立っていた。ブルーが鮮やかなぞっとする目つきでバレンジアを見やった。 「彼女はとても…… 黒いのね」と、女はハナに向かって言った。「ダークエルフを見るのは初めてだわ」 「私もあの種族のことはよくわかりません、奥さま」ハナは言った。「けど、この娘がいかにも赤毛らしく気が強いことはわかります。気をつけてください、咬まれますよ。それだけじゃすまないかもしれません」 「しつけてやめさせるわ」女は見下した態度で言った。「それに、その汚らしいものは何なの? ひどい臭い!」そう言ってウッフェンをもぎ取ると、燃えさかる暖炉に投げ入れた。 バレンジアは悲鳴をあげ、ぬいぐるみに飛びついたつもりだった。が、咬みついたり引っかいたりして懸命に抵抗したものの、取り押さえられた。ウッフェンは哀れにも黒焦げの灰に成り果てた。 *** バレンジアはスカイリムの庭に植えられた雑草のように成長した。そこはスヴェン卿とその妻、インガ夫人の土地だった。表向きはすくすく育っていたが、心はいつも冷たくて空虚だった。 「わが娘のようにあの子を育ててきたのよ」インガ夫人はひとつため息をついた。遊びにやってきた近所のご夫人たちと下世話な話に興じながら。「けどね、あの子はダークエルフだから。期待なんてかけられないわ」 バレンジアは盗み聞きするつもりはなかった。少なくとも自分ではそう思っていた。ただ、ノルドの主人たちよりも耳がよかったのだ。それ以外のダークエルフの能力はあまり誉められたものではなかった。手癖が悪く、嘘つきで、弱い炎のスペルを唱えてみては、意味もなく浮遊したりする。彼女は大人への階段をのぼっていくにつれて、異性への強い興味を抱くようにもなった。彼らの与えてくれるときめきはとても心地よく、そればかりか贈り物までしてくれるのだ。が、インガにはわけのわからない理由で反対されてしまうため、できるだけこっそり楽しむようにしていた。 「バレンジアはね、子供たちとは仲がいいのよ」とインガは付け加えた。バレンジアよりも幼い彼女の五人の子供たちのことを言っているのだ。「あの子といるときに子供たちが危険な目にあったことはないもの」ジョンニが6歳、バレンジアが8歳のとき、ある家庭教師が雇われたことがあり、ふたりはそろって授業を受けた。バレンジアが武具のことも学びたがってみせると、スヴェン卿とインガ夫人はそんなことはけしからんとたしなめた。そういうわけで、バレンジアに与えられたのは小さな弓がひとつだけだった。その弓で男の子に混じって射撃練習をすることだけが許された。彼女は機会があればいつでも男の子たちの武術訓練をのぞき見し、大人たちがいないところで手合わせをし、実力では誰にも負けていないことに気づいた。 「彼女はとても…… 誇りを持ってるのね」ご婦人方のひとりがインガにそうささやくと、バレンジアは聞こえない振りをして、ひそかに納得してうなずいたものだった。スヴェン卿やインガ夫人よりも自分のほうが優れているような気がしてならなかった。軽蔑の念を抱かせられる何かが彼らにはあった。 のちに、スヴェンとインガはダークムーア城でもっとも地位の低い住人の遠い親戚であることがわかった。これでバレンジアはようやく合点がいった。彼らはきざなペテン師で、誰かを支配できるような器ではなかったのだ。少なくとも、そうなるようには育てられていない。そう考えると、なんとも形容しがたい怒りがわいてきた。怒りや恨みとは無縁のきわめて健全な憎悪だった。彼らのことが、嫌われこそすれ、恐れられることのない、胸の悪くなるような不快な虫のように思えてきた。 *** 月に一度、皇帝の急使がやってくる日があった。スヴェンとインガは金の入った小ぶりの袋を、バレンジアは大好物のモロウウィンド産乾燥マッシュルームの入った大ぶりの袋を受け取るのだ。この日になるといつも、バレンジアはちゃんとした格好をさせられてから、あるいは、痩せっぽちのダークエルフができるかぎりめかし込んだとインガの目に映るような身なりをさせられてから、急使とのささやかな顔合わせのために呼ばれるのだった。訪れる急使はたいてい違っていたが、農夫が売りごろの豚をじっくりと見定めるかのように彼女をじろじろとながめる仕草は、誰がやってきても繰り返された。 16歳の春、バレンジアは急使の目つきから、自分の売りごろがやってきたことに気づいた。 じっくりと考えたのち、バレンジアは売られたくないという結論にいたった。彼女はここ数週間、金髪で大柄で体つきのいい、ぎこちなくて優しくて温かくていかにも単純な馬屋番の青年、ストローから、駆け落ちをしようと口説かれていた。バレンジアは急使の置いていった金の袋をくすねると、貯蔵室からマッシュルームを失敬して、ジョニーの古いチュニカと脱ぎ捨てられた半ズボンで少年に見えるように変装した。そして、さわやかなある春の夜、バレンジアとストローはとっておきの二頭の馬をこっそり盗み出し、そこそこ栄えている街ではもっとも近い、ストローがどうしても訪れてみたいというホワイトランに向かって夜を一目散に駆け抜けた。が、モーンホールドとモロウウィンドもまた東方の土地であり、それがバレンジアを引きつけたともいえた。ちょうど磁石が鉄を引きつけるように。 翌朝、ふたりは馬を乗り捨てることにした。バレンシアがそうすべきだと言い張ったのだ。追っ手にひづめのあとをたどってこられる可能性があった。追跡されそうな要素は一掃しておくべきだった。 午後はひたすら歩いた。わき道を逸れないように進み、打ち捨てられた小屋で何時間か睡眠をとった。黄昏どきに小屋をあとにし、夜明け前にホワイトランの街の正門についた。バレンジアはストローのためにうさんくさい通行証を用意してあった。地元の村の領主の使いで街の神殿までやってきた旨が記されている間に合わせの書類だった。バレンジアは浮遊のスペルで外壁をひとまたぎした。一緒に旅をしているダークエルフの娘とノルドの少年に目を光らせておくようにとのお触れがこの衛兵のもとにも届いていると考えるのが妥当だったからだ。案の定、その推理は正しかった。ストローのような、連れのいないおのぼりさんの姿はありふれた光景だった。さらに通行証もあるのだから、彼が人目を引く心配はないと考えてよかった。 バレンジアの計画は滞りなく進んだ。正門のすぐ近くにある神殿でストローと落ち合った。彼女は何度かホワイトランに来たことがあったが、ストローは生まれ故郷であるスヴァンの邸宅から数マイル以上は離れたことがなかった。 ふたりは街中を進んでいき、ホワイトランの貧民街にあるうらぶれた宿屋にやってきた。肌寒い朝で、バレンジアは手袋とロングコートと頭巾を身につけていたため、その黒っぽい肌や赤い眼が人目に触れることはなく、彼らに注意を払うものもいなかった。二人は別々に宿屋に入った。ストローは宿屋の番頭に金を払って一人部屋を借り、たっぷりの食事と酒をジョッキで二杯注文した。バレンジアは数分してからこっそりと部屋に入った。 ふたりは飲み食いを満喫した。脱走の成功を祝い、狭苦しいベッドで激しく愛し合ってから、死んだように眠った。夢さえも見なかった。 *** ホワイトランでの滞在は一週間にもなった。ストローは使い走りをして小遣いを稼ぎ、バレンジアはいくつかの家で夜盗を働いた。あいかわらず少年の格好をしていた。さらなる変装にこだわって髪を短く切りそろえ、燃えるような赤毛を漆黒に染めた。そのうえでなるたけ人目には触れないように心がけた。ホワイトランでダークエルフを見かけるのはまれだった。 ある日、ストローのとりなしで、東方へ向かう隊商の警護の仕事をすることになった。隻腕の軍曹がバレンジアをいぶかしげに見つめた。 「ふん、ダークエルフとはな」と、言いながら苦笑した。「狼に羊の番をさせるようなもんだな。とはいうものの、腕っ節のいいやつが足りない。それに、モロウウィンドには近寄らないようにするから、おまえさんの仲間に売り飛ばされることもない。あそこの盗賊どもときたら、敵でも味方でも見境なく喉をかっ切りやがる」 軍曹は振り向くと、見定めるような目つきでストローをながめた。と、バレンジアのほうに勢いよく向き直り、ショートソードをすらりと抜いた。バレンジアもまたたく間にダガーを取り出して迎え撃つ姿勢になった。ストローはナイフを手にとると、男の背後にまわり込んだ。軍曹は剣を地面に落とすと、また苦笑した。 「なかなかやるじゃないか。弓の腕前はどうなんだ?」バレンジアは実力の一端を披露した。「悪くない、悪くないな。おまえは夜目もきくし、いい耳を持ってる。信頼できるダークエルフほど心強い味方はいないよ。よくわかってる。片腕をなくして傷病兵としてお払い箱にされるまでは、あのシムマチャスに仕えていたんだ」 「裏切ってやろうぜ。金払いのいい知り合いがいるんだ」と、おんぼろの宿屋での最後の晩、寝床につくと、ストローは言った。「それか、おれらでひったくるとか。あの商人どもはうなるほど金を持ってるぜ、ベリー」 バレンジアはけらけらと笑った。「そんな大金、いったいどうするの? 第一、旅の護衛が必要なのはこっちも向こうも変わらないわ」 「ちっぽけな牧場を買おう。ふたりの牧場だよ。そこで暮らすのさ。幸せだろうな」 あさましい夢ね! バレンジアは軽蔑の念を込めて心の中でつぶやいた。ストローはつまらない田舎者で、つまらない夢しか思い描けないのだ。そう思ったが口には出さなかった。「ここじゃだめよ、ストロー。ダークムーアに近すぎるもの。東に行けばもっと可能性が広がるわ」 *** 隊商はサンガードまで東進しただけだった。皇帝タイバー・セプティム一世は、比較的安全で警備体制の整った街道の建設にことのほか貢献していたが、べらぼうに高い通行料を払わなくてもすむよう、彼らはここまで側道を使ってきた。そのため、人間やオークの追いはぎや、種族を超えて徒党を組んだ盗賊団に襲われる懸念もあったが、商売や貿易にはこうした危険はつきものだった。 サンガードにたどりつくまでに、こうした蛮族に二度ほど襲われた。待ち伏せされたときには、バレンジアが鋭い耳で感づいてくれたため、余裕を持って隠れている連中の背後から奇襲をかけることができた。カジートと人間とウッドエルフの入り混じった賊に闇討ちをされたこともあった。したたかな連中で、バレンジアの嗅覚をもってしても彼らの接近に気がつかず、迎え撃つ体勢になれなかった。このときは激しい戦闘になった。なんとか撃退したものの、隊商の衛兵がふたり殺され、ストローは襲いかかるカジートの喉笛をバレンジアと連携してかっ切るまでに、太ももに深手を負った。 バレンジアはそうした毎日を楽しんでいた。話好きな軍曹は彼女を気に入ったらしく、夜になると篝火を囲みながら、セプティム皇帝とシムマチャス将軍についてモロウウィンドを行軍したときのことを語ってくれた。軍曹が言うには、シムマチャスはモーンホールドの陥落後に将軍となったらしかった。「シムマチャスはたいした戦士だよ、まったく。もっとも、腕がいいから抜擢されたとは限らんがね、モロウウィンドはそういう土地柄だから。まあ、おまえさんならわかってるとは思うがね」 「ううん、僕、よく覚えてないんだ」バレンジアはさり気なく言った。「ほとんどスカイリムで過ごしてきたから。母さんはスカイリムの男と結ばれたんだ。どっちも死んじゃったけど。それで、モーンホールドの王と王妃はどうなったの?」 軍曹は肩をすくめた。「どうなったことやら。おそらくは死んでる。休戦が調印されるまではあちこちで戦火があがってたから。今では静かなもんさ。静かすぎるくらいだ。嵐の前の静けさというやつか。で、おまえはあそこに戻るのか?」 「たぶん」と、バレンジアは言った。本当はモロウウィンドに、モーンホールドに抗いたいほど惹かれていた。ストローはそのことを察していた。むっつりしているのはそのせいだろうが、バレンジアが少年を演じているせいで一緒に寝ることができないのが不満でもあった。彼女もまたそうしたことに飢えてはいたが、ストローほど切羽詰っているわけではなかった。表向きは。 軍曹としては、帰り道もふたりに護衛を頼みたかった。彼らはその申し出を断ったものの、特別報酬と羊皮紙の推薦状を与えられた。 ストローはサンガードの近くに定住したがったが、バレンジアは東への旅を続けると言って譲らなかった。「私はね、モーンホールドの王女なんだから」と、そう口にしながら、それが真実なのかどうかわからなかった。ひょっとすると、わけもわからずにうろたえていた幼いころの自分がこしらえた白昼夢にすぎないのかもしれない。「故郷へ帰りたいの。帰らないといけないの」ということだけは真実だった。 *** 数週間後、ふたりは東へ向かう別の隊商に乗せてもらえることになった。初冬にはリフトンに到着し、モロウウィンドの国境に近づきつつあった。が、冬が深まるにつれて寒さはいっそう厳しさを増し、東へ向かう隊商をつかまえるには次の春を待たなくてはならなかった。 バレンジアは街の城壁のてっぺんに立ち、深い渓谷を見渡した。目の前には雪を戴いた山が人を寄せつけないようにそびえ立ち、その向こうにモロウウィンドがあった。 「ベリー」と、ストローは優しく声をかけた。「モーンホールドまではまだかなりあるし、どのみちこれより先へは進めないよ。あの土地は野生の狼や盗賊やオークでいっぱいだし、もっと手ごわいモンスターもいる。雪解けを待ったほうがいいよ」 「シルグロッドの塔があるわ」と、バレンジアは言った。スカイリムとモロウウィンドの国境を警備するための古代の尖塔を囲むようにして栄えてきた、ダークエルフの街のことを話しているのだった。 「橋の衛兵が通してくれないさ、ベリー。帝都の精鋭たちだからね。賄賂も通用しない。どうしてもと言うなら、独りで行ってくれ。引きとめはしない。けど、どうするつもりなんだ? シルグロッドの塔は帝都軍だらけだぞ。あいつらの洗濯係にでもなるつもりか? それとも慰安婦にでも?」 「その気はないわ」と、バレンジアはゆっくりと、もったいぶって言った。その考えに少しの魅力も感じないわけではなかった。兵士と寝れば、そこそこ暮らせていけるだけの金は稼げる。スカイリムを旅している頃、彼女はそういう類の火遊びを楽しんだことがあった。女の格好をして、ストローの目を盗んで抜け出したのだ。彼女は味に変化をつけたいだけだった。ストローは優しいが退屈だったから。ことが終わると、引っかけた男から金を差し出された。バレンジアは驚いたが、跳びあがって喜びたくもなった。もっとも、ストローは腹を立てていた。情事の現場を取り押さえると、しばらく怒鳴り散らしてから、数日間はすねてしまうことがあった。彼は嫉妬深かった。別れようと脅したりもしたが、実行したわけではなかった。できやしなかったのだ。 だが、帝都の兵士は男っぽくて野性味にあふれているらしかった。バレンジアは旅すがら、いかにも汚らわしい話を聞かされていた。なかでも極めつけは、隊商の篝火を囲みながら退役軍人がしてくれた話だった。彼は誇らしげにとうとうと語った。ふたりを困らせてからかっているのだと、バレンジアは気づいていた。ストローはこの手の卑猥な話を毛嫌いしていたが、それよりもバレンジアの耳に入ってしまうことがどうしても許せなかった。それでも心のどこかでは、彼もまたそうした話に魅了されていた。 バレンジアはそれに気づくと、ストローにも他の女をあさるように勧めた。が、バレンジア以外の女などほしくないと突っぱねられた。自分はそういう女じゃないわと、彼女はにべもなく言った。それでも、誰よりもストローのことが好きだとも。「だったらどうして他の男と寝たりするんだ?」あるとき、ストローはそう尋ねた。 「わからないわ」 ストローはため息をついた。「やっぱり、ダークエルフの女はそういうもんなのか」 バレンジアは微笑んでから肩をすくめた。「わからないわ。でも、わかるような気もする。ええ、わかるわ」と、バレンジアは振り向きながら言い、愛情たっぷりのキスをした。「これであなたもわかってくれたかしら」 物語(歴史小説) 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/41.html
センチネルに落ちる夜 ボアリ 著 センチネルの名もなき酒場で音楽は演奏されず、用心深い小声の会話、女給仕人の柔らかい足音、常連が注意しながら酒をすすり瓶の口にあたる舌、何も見ていない目、実に音は少ない。もし誰か1人でもこれ程無関心でいなかったら、上質な黒いビロードのケープをまとった若い女性、レッドガードの存在に驚いたであろう。闇に紛れ、看板もないような質素な地下室では、彼女は間違いなく場違いであった。 「あなたがジョミック?」 がっちりとした、年齢よりも老けた中年の男が声の主を見上げた。彼は頷き、自分の飲み物に戻った。若い女性は彼の横に座った。 「私はハバラ」と彼女は言い、小さなゴールドが入った袋を取り出して、彼のマグの横に置いた。 「そうかい」ジョミックはうなり声を出し、彼女の目を見た。「誰に死んで欲しいんだい?」 振り向きはしなかったが、ただ単に聞いた。「ここで話しても安全なの?」 「ここじゃみんな自分の心配以外しちゃいねえよ。あんたが胴鎧を脱いでテーブルの上で胸出して踊ったって、誰も唾すら吐かねえ」男は笑い、「で、誰に死んで欲しいんだい?」 「実は、誰も」と、ハバラは言った。「本当は、ある人間にしばらく消えて欲しいんだけど…… 危害は加えたくないの。だから専門家が必要なの。あなたは非常に評判がいいわ」 「あんた、誰と話したんだよ」ジョミックは退屈そうに聞き、飲み物に戻った。 「友達の友達の友達の友達」 「その友達のうちの誰かは、まったくオレのことを分かっちゃいねえ」と、男はぼやいた。「おれはもう、それはやらないんだ」 ハバラは急いでゴールドの袋をもう1つ、そしてさらにもう1つ取り出して、男の肘の横に置いた。彼は一瞬彼女を見てから、金を取り出して数え始めた。数えながら男は聞いた。「誰に消えて欲しいんだい?」 「ちょっと待って」ハバラは微笑み、首を振っている。「詳しく話す前に、あなたが専門家で、その人をあまり痛めつけず、慎重に処理してくれる裏づけが欲しいの」 「慎重に?」男は数えるのをやめた。「それじゃあ、昔やった仕事の話をしてやるよ。あれは確か── 信じられねえ、もう20年以上も前か、しかも関わった人間で生きてるのは俺しかいねえ。これはベトニーの戦い以前の話だ。あの戦を覚えているか?」 「私はまだ赤ん坊だったわ」 「だろうな」ジョミックは笑みを浮かべた。「王者ロートンにはグレクリスっていう兄がいたのはみんな知ってる。確か死んじまったんだよな? それで、姉のアウブキじゃダガーフォールの王者と結婚しちまった。でもな、ロートンにゃ本当は本当は兄が2人いたんだ」 「本当に?」ハバラの目が好奇心で輝いた。 「嘘じゃねえ」彼は含み笑いをもらした。「なよなよした弱そうなヤツで、名前はアーサゴー、長男さ。なんにせよ、この王子が玉座の後継者だったんだが、親はそれをあんまり喜んでなくてな。でも、それから女王は健康そうな王子をあと2人ひねり出したんだ。そこで、長男が地底王に連れ去られたように見せかけるために、俺と一味が雇われたわけさ」 「知らなかったわ!」若い女はささやいた。 「当たり前だろ、それが狙いだ」ジョミックは首を振った。「慎重さだ、あんたが言ったようにな。少年を袋に入れて、遺跡の奥深くに閉じ込めた、それで終わりさ。なんの騒ぎもねえ。必要なのは2、3人、袋、それと棍棒だけだ」 「それよ、私が興味あるのは」と、ハバラは言った。「私の…… 消えて欲しい友達も弱いわ。その王子のように。棍棒は何のため?」 「道具さ。最近の連中は楽に使えるものを好むから、昔のほうがよかったものでも、大抵の道具は最近見なくなっちまったぜ。説明してやるよ。平均的なヤツの体には、71ヶ所の痛点がある。敏感だったりするエルフとカジートはそれぞれ、さらに3ヶ所と4ヶ所多い。アルゴニアンとスロードは大体同じくらいで52ヶ所と67ヶ所」 ジョミックは短く太い彼の指を使って、それぞれの部位をハバラの体に指し示した。「額に6ヶ所、眉に2ヶ所、鼻に2ヶ所、喉に7ヶ所、胸に10ヶ所、腰に9ヶ所、各腕に3ヶ所ずつ、股間に12ヶ所、利き足に4ヶ所、もう一方に5ヶ所」 「それで63ヶ所よ」とハバラが答えた。 「違うだろう!」と、ジョミックは怒鳴った。 「いいえ、合ってるわ」計算能力が疑問視されていることに腹を立て、彼女は叫び返した。「6と2と2と7と10と9と片腕3と、もう一方の3と12と4と5で、63でしょう」 「どこか抜かしたんだろう」ジョミックは肩をすくめた。「重要なのは、杖や棍棒の腕を磨くには、この痛点を知り尽くさなきゃならないってことだ。上手くやれば軽く叩くだけで殺せるし、逆にあざも残さずに失神させられる」 「とても面白いわ」ハバラは微笑んだ。「それで、発覚しなかったの?」 「どうやってばれるのさ? ガキの両親、王者と女王はもう死んじまってるし。他の子たちは、彼らの兄は地底王に連れ去られたと信じこんでるし。みんなそう思ってるぜ。それに、俺の仲間はみんな死んじまったしな」 「自然死?」 「自然なことなんて、この湾じゃ絶対おきねえことぐらい分かってるだろ。1人はセレヌーに吸い込まれた。もう1人は女王と王子グレクリスの命を奪った同じ疫病にやられた。別の仲間は泥棒に撲殺されたぜ。生きたけりゃ俺みたいに、目立たず隠れてるこった」ジョミックはゴールドを数え終えた。「相当こいつに消えて欲しいんだな。誰だい?」 「見てもらったほうがいいわ」ハバラは言い、立ち上がった。振り返らずに彼女は名もなき酒場を後にした。 ジョミックはビールを飲み干し外に出た。夜は涼しく、イリアック湾の水面から気ままな風が押し寄せ、木々の葉を舞い上がらせていた。酒場の横の路地からハバラが歩み出て、彼に向かって手招きをした。ジョミックが彼女に近づくと、風が彼女のケープを吹き上げ、センチネルの紋章が入った鎧をあらわにした。 太った男は逃走しようと後ずさりしたが、彼女は早かった。ぼんやりする中、彼は自分が路面を背にし、彼女の膝が喉をしっかりと押さえつけていることに気付いた。 「玉座を得て以来、長い年月をかけてあなたと仲間たちを探してきたわ、ジョミック。あなたを探しあてた時の具体的な指示はなかったけれど、あなたが良いことを教えてくれたわ」 ハバラはベルトから、小さく頑丈な棍棒を取り外した。 酒場からよろけながら出てきた酔っ払いが、路地の暗闇から泣くようなうめき声とともに、柔らかなささやき声を聞いた。「今度はしっかりと数えましょうね。いち、に、さん、し、ご、ろく、なな……」 小説・物語 茶3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/246.html
晩餐での遊戯 姓名不明のスパイによる 出版社による序文: この手紙の出版にいたる経緯は、手紙の内容と同様に謎が多く、興味深い、数ヶ月前、ダウネインという謎の人物に宛てられたこの手紙の複製が、ヴァーデンフェルのアッシュランドで流出し、広まるようになった。やがて、一部の複製がアルマレクシア郊外のフラール・ヘルセス王子の宮殿にまで届いた。読者は、王子がこの手紙を読んで彼自身に対する悪意に満ちた中傷に激怒したと思われるに違いない。しかし、実際の王子の反応はまったく逆であった。王子とその母親であるバレンジア女王は、装丁もされたこの手紙の複製を個人的に作らせ、それを各図書館や出版社に送付したのである。 記録すべき事項として、王子と女王はこの手紙が完全な創作であるか、実際に起こった出来事を描写したものであるかという点については公式に言明していない。ドレス家はこの手紙が創作であるとして非難を表明しており、またダウネインという名の人物とドレス家の間に、この手紙から読み取れるような関係が持たれたことはこれまでにないとしている。この手紙の解釈については、読者の信ずるところにお任せしたい。 ──出版者:ネリス・ガン **** 闇の君主ダウネイン様 あなた様は、昨夜の出来事と私のドレス家への申し立てについての詳細な報告を次なる指令としてお与えになりました。ヘルセス王子の宮廷内からの情報提供者としてこれまでの私の仕事が、ご期待に添えていればよいのですが。これまでの報告の中で何度もお伝えしたとおり、ヘルセス王子という人物は、モラグ・バルですら裸足で逃げ出すであろうほどの恥知らずです。ご存知のように、私は1年近く前から親密な助言係の一人として王子の周辺に入り込んでいます。彼がモロウウィンドに来たばかりの頃、彼は友情に飢えており、私と他の数人の助言者を積極的に周囲に置きたがったのです。今でも、彼は私たちに衰えることのない信頼をおいています。モロウウィンドにおける王子の政治的存在感の希薄さゆえのことだと思います。 邪悪なあなた様のご参考までに、もう一度基本的な事実を書いておきますと、王子は、元モロウウィンド女王であり、ウェイレストのハイ・ロック王国女王だったこともあるバレンジアの長男です。バレンジアの夫であり、ヘルセス王子の義父であった国王エドウィーアの死後、エドウィーアの娘エリサナ姫とヘルセス王子との間に権力争いがあったようです。洩れ聞こえてくる噂だけではこの争いの詳しい成り行きはわかりませんが、最終的にエリサナが勝ってウェイレスト女王になり、ヘルセスとバレンジアを追放したことは確かです。バレンジアのもう一人の子、モルジアは、すでに結婚してサマーセット島のファーストホールド王国の女王となりウェイレスト王室から離れていました。 バレンジアとヘルセスが大陸を横断してモロウウィンドに帰ってきたのは、つい昨年のことでした。バレンジアの叔父でバレンジアが40年以上前に退位した後王位を継いだ現国王のフラール・アシン・リーザンは、手厚く彼らを迎えました。バレンジアは、王位を取り戻そうという気などなく、ただ彼女らの家族の屋敷で隠居生活を送りたいだけなのだということを明言しました。ヘルセスのほうは、ご存知のように、王宮での役職にしがみつき、多くの者はウェイレストの王位を失った彼がリーザンの死後モロウウィンドの王位を狙っているのだと噂しています。 私は今まで、邪悪なあなた様に、王子の行動や出会った人物、企て、助言係の者たちの名前や性格などを報告してきました。何度かお伝えしたとおり、私はヘルセスの周辺に私以外にもスパイがいるのではないかと思っています。以前、あるダークエルフの相談役が裁きの神殿の大司教ゾラー・サリョーニと行動を共にしていた人物と似ていることをお伝えしたと思います。また、別のノルドの若い女性などは、バルモラにある帝都の要塞を訪れていたことがわかっています。もちろん、彼らの場合、ヘルセスの側が各所に送り込んでいるスパイという可能性もありますが、実際のところはわかりません。王子がウェイレストの王宮にいた頃から侍従を務めているブレトンのバージェスの忠誠までもが疑わしく思えてくるにいたっては、自分が王子自身と同じように妄想狂なのではないかという気にもなってきます。 以上が、昨夜の、あの出来事の背景となる事実です。 昨日の朝、王子との晩餐会へ誘う簡潔な招待状が私のもとに届きました。被害妄想から、私はドレス家に忠実で有能な部下を王宮に送り込み、なにか変わったことがないか調べてくるように言いました。晩餐の少し前、彼が戻ってきて、王宮で見たことを報告しました。 ぼろぼろの服を身にまとった男が城に入ることを許され、しばらくの間城内にとどまっていたというのです。その男が帰ってゆくときに、部下はマントの下の顔を垣間見たのですが── それは悪名高い錬金術師で、異国の毒薬の密売を一手に担っているといわれている人物だったのです。部下は観察力に優れており、男が城に入るときに、ウィックウィートやビターグリーン、その他の嗅ぎ慣れない甘い匂いを漂わせていることに気付いていました。そして、男が城を出るときには、それらの匂いは消えていたというのです。 部下の出した結論は、私と同じでした。王子が、毒薬を調合するための材料を彼から調達したのです。ビターグリーンだけでも、生で口にすれば死を招きます。そこに他の材料を加えるというのは、何かもっと巧妙な企みがあることを匂わせていました。邪悪なあなた様なら難なくご想像がつくことと思いますが、私はあらゆる事態に対する心構えをしてその夜の晩餐に挑みました。 晩餐会には、ヘルセス王子の相談役の全員が出席しており、その全員が微妙に何かに対して身構えているように感じられました。もちろん、私は最初、ここにいる全員がスパイであり、王子と謎の錬金術師との密会を知っているのだと考えました。しかし、こうとも考えられました。つまり、何人かは錬金術師の来訪を知っており、他の何人かは晩餐会の目的そのものが何なのかと不安に思っており、そして残りの者は、ただ情報を持っている他の相談役たちの張り詰めた空気につられて緊張しているだけかもしれなかったのです。 しかし、王子自身は上機嫌で、その場の全員の緊張をすぐにほぐし、くつろいだ雰囲気を作りました。我々は9時に食堂へ案内され、そこにはすでに料理の支度がされていました。その料理の豪華なことといったら! ゴラップルの蜂蜜漬けにはじまり、香草のシチューや何種類もの肉汁のソースで味付けされたロースト、あらゆる複雑な方法で調理され豪華に盛り付けられた魚や鶏。水晶や黄金のびんに入ったワイン、フリン、シャイン、マッツェなどがそれぞれの席に並べられ、料理にあわせて楽しめるようにされていました。料理や酒の香りは非常に素晴らしいものでしたが、そのような香辛料や他の香りが複雑に絡み合う中で、毒薬の目立たない匂いを嗅ぎ分けるのは不可能だと考えずにいられませんでした。 晩餐の間中、私は幻惑を使い、料理を食べていると見せかけながら実際には何一つ口にしませんでした。やがて、最後にテーブルの上から空の皿や残った料理が下げられ、大きな蓋付きの器いっぱいの香草をきかせたスープが運ばれて来ました。給仕の者はそれをテーブルの中心に置くと、食堂を出て扉を後ろ手に閉めました。 「素晴らしい香りですわ、王子」と、ノルドの女侯爵、コルガーが言いました。「でも、もう食べられそうにありません」 「殿下」私は、親しみを込めた口調を装いながら、なだめすかすような調子も多少込めて言いました。「ここにいる者はみな、あなたをモロウウィンドの王にするためならば喜んで死ぬでしょう。でも、このままではその前に、ごちそうの食べすぎで死んでしまいますよ?」 他の者たちも、不安そうなうめき声とともに同意しました。ヘルセス王子は笑みを浮かべました。闇の支配者様、贈り主ヴェルニーマに誓って申し上げますが、いくらあなた様といえどもあのような笑みは今までに見たことがないでしょう。 「皮肉な言葉だな。いいか、この中の何人かは確実に知っていることと思うが、ある錬金術師が今日、私のところへ来たのだ。そして彼は素晴らしい毒薬と、その解毒剤の作り方を教えてくれた。私の目的にぴったりの、強力な毒薬だ。いったん飲み込んでしまえば、もうどんな回復の呪文でも治らない。確実な死から逃れるには、このスープに入った解毒薬を飲むしかない。そして、もし私が聞いたとおりならば、その毒による死に様は素晴らしいぞ。あの錬金術師のいったとおりの効果が出るのを、早く見たくて仕方がないのだ。毒におかされた者にとっては恐ろしく苦痛を伴うが、その様子は見ものだそうだからな」 全員が黙りこみました。私は、心臓が激しく打つのを感じました。 「殿下」と、アララトが口を開きました。私が裁きの神殿からのスパイではないかと疑っていたダークエルフです。「ここにいる誰かに、その毒を盛ったのですか?」 「お前は本当に抜け目がないな、アララト」ヘルセス王子は言い、テーブルを囲む人々を見渡し、一人一人と目を合わせました。「お前は大切な相談役だ。ここにいるほかの者たちと同じくらい大切な。そうだな、この中で私が毒を盛らなかった者を挙げたほうが早いかもしれないな。私は、私をたった一人の主人として仕え、私だけに忠誠を誓っている者には毒を盛らなかった。ヘルセス国王がモロウウィンドを治める姿を見たいと思っている者には、毒を盛らなかった。帝都や、神殿や、テルヴァニ家、レドラン家、インドリル家、ドレス家のスパイでない者には、毒を盛らなかった」 邪悪な支配者様、王子は、「ドレス家」と言ったとき、まっすぐに私のほうを見たのです。間違いありません。私は、考えを顔に出さないよう訓練をしていますので、その時も私の顔から考えは読み取れなかったはずです。しかし、闇の支配者さま、内心では今までにした全ての密会やあなた様とドレス家への暗号文での通信などが瞬間的に思い出されていたのです。いったいそのうちの何が王子に知られてしまったというのでしょう? もしそれらを知らなかったとすれば、王子はどうしてそのような疑いを抱くにいたったのでしょうか? 私の鼓動は、ますます早くなりました。恐怖のためでしょうか、それとも毒がまわってきたのでしょうか? 私は何も喋れませんでした。何かを言えば、確実に冷静な無表情に似つかわしくない声が出てしまうと思ったのです。 「私に忠実で、私の敵を痛めつけたいと望んでいる者たちは、私が確実に敵に毒を飲ませられたかどうか不安に思うだろう。私の敵は、というより、敵たちと言ったほうがいいな、彼らは今夜出されたものを飲んだり食べたりするふりをしていただけかもしれないからな。それはそうだろう。だが、どんなにうまく食べるふりだけをしていても、その馬鹿げたジェスチャーゲームをうまくやりとおすには、空のグラスに口をつけたり、何もないフォークやスプーンを口に運んだりはしなければなるまい。いいか、食べ物には毒は入っていなかったんだ。カップや食器につけてあったんだよ。食べるふりをしていた者たちも、食べたものも同じように毒を口にしたはずだし、食べるふりをしていた者は、その上にあの素晴らしいローストを味わい損ねたというわけだな」 私の顔に玉のような汗が噴き出し、それを隠すために王子から顔を背けました。他の相談役たちはみな、椅子に腰掛けたまま固まっていました。女侯爵コルガーの顔は青白く、ケマ・イネッブなどは明らかに震えていました。アララトは怒りに眉をしかめ、バージェスは銅像のように固まったまま一点をみつめていました。 その時になると、私には王子の相談役全員がスパイのみで構成されているとしか思えませんでした。このテーブルの周りに、王子に忠実な者などいるのでしょうか? そして、もし私がスパイではなかったとしたら、私はヘルセスに疑われていないと信じきれたでしょうか? 相談役の者はみな、王子の被害妄想の深刻さと彼の野心に対する執念深さを誰よりもよく知っています。もしも、私がドレス家のスパイではなかったとして、それで自分は安全だと思えたでしょうか? 忠実な者が、疑わしきは罰せよ式の誤った判断で毒を盛られることもあり得るではありませんか? 他の者たちも、忠臣もスパイもみな、同じ事を考えていたはずです。 私の頭の中で様々な考えがめまぐるしく浮かんでは消えしていたその時、王子が全員に向かって言った言葉が耳に入りました。「この毒のまわりは早い。もし今から1分以内に解毒剤を飲まなければ、テーブルの周りに死者が出始めるだろう」 私は、自分が毒を口にしたのかどうか確信しかねていました。胃が痛んでいましたが、それは贅沢な料理を目の前にしながら何一つ食べなかったためかもしれませんでした。鼓動は胸全体を揺り動かすようで、トラマの根のようなしびれる苦味を唇に感じていました。恐怖のためでしょうか、それとも今度こそ毒のせいでしょうか? 「私を裏切っていた者たちにとっては、これが最期に聞く言葉になるだろうな」ヘルセス王子は、あのいまいましい笑みをうかべたまま、椅子の上で身をよじっている相談役たちを見回しました。「解毒剤を飲んで、生き延びてはどうだ」 彼の言うことを信じるべきなのでしょうか? 私の知るヘルセス王子という人物について思い返してみました。彼はスパイであることを自白した物を殺すでしょうか、それともそのスパイを利用し、送り込んだもののところへ送り返して復讐をさせるでしょうか? 王子の冷酷な性格からすると、どちらの可能性もありえそうに思えました。明らかに、この晩餐の芝居がかった演出は、出席者に恐怖を植え付けることを目的としているようでした。私が晩餐会に出席し、毒を盛られて殺され、あの世でご先祖様に会ったらいったいどう思われることでしょう? もし私が言われるままに解毒剤を飲み、あなた様とドレス家のスパイであることを自白して、裁判もなく処刑されたとしたらどうでしょう? それに、白状しますが、私は死んだ後あなた様が私にいったい何をするのかをも恐れていました。 私はめまいを起こし、自分の考えで頭がいっぱいだったので、バージェスが椅子から飛び上がったのにも気付きませんでした。私が気付いたときには、彼は器を両手に抱え、中の液体をがぶがぶと飲んでいるところでした。周囲には、いつの間にかたくさんの衛兵が待機していました。 「バージェス」と、ヘルセス王子が、笑みを浮かべたままで言いました。「お前はよくゴーストゲートに出入りしていたようだな。レッドラン家の手の者か?」 「知らなかったのか?」バージェスは自嘲気味に笑い出しました。「何家の者でもないさ。あんたの義理の妹、ウェイレスト女王に情報を送っていたんだよ。ずっと女王に雇われてたんだ。おお、アカトシュ、王子は俺がどっかのいまいましいダークエルフのスパイだと思って毒を盛ったのか?」 「半分当たりだ」と、王子は答えました。「私はお前が誰のスパイか知らなかっただけじゃなく、お前がスパイかどうかも知らなかったよ。それに、私がお前に毒を盛ったというのも間違いだ。お前は自分で、その毒入りのスープを飲んだんだからな」 バージェスの死に様については、邪悪な支配者様、ここには書かないことにします。あなた様は何年も何年も、長い長い時を生きて、様々なものを見てこられたでしょう。しかし、絶対にあんな死に様は見たくも、話を聞きたくもないことと思います。私自身、彼の断末魔の苦しみ様を記憶から消してしまいたいと思っているのです。 相談役の晩餐会は、その後すぐ解散になりました。私がスパイであることを、ヘルセス王子が知っていたのか、または疑っていたのかどうか、私にはわかりません。あの、昨夜の晩餐に集まった者の中で、私と同じようにもう少しでバージェスより先に解毒剤に手を伸ばすところだった者が、何人ぐらいいるのかもわかりません。ただわかっているのは、もし王子が今のところ私を疑っていなかったとしても、そのうち疑うようになるだろうということです。私は、王子が昔ウェイレストで身に付けたこういった遊戯を、これからも勝ち抜いてゆく自信がありません。どうか、邪悪なる闇の支配者ダウネイン様、お願いします、あなた様のお力で、忠実な部下である私をこの任務からはずすよう、ドレス家にかけあっていただきたいのです。 **** 出版者注: 当然のことであるが、この手紙の差出人の名は、原本から複製されたどの印刷物にも一切記載されていません。 紫1 随筆・ルポルタージュ
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/247.html
ウルフハース王 五つの歌 ショールの舌 ウルフハース王の最初の歌は太古のもので、およそ第一紀の500年頃に書かれたものとされている。グレヌンブリアの沼地にてアレッシア派の軍勢が打ち破られ、その戦いでホアグ・マーキラー王が倒されると、アトモラのウルフハースが族長会議によって選ばれた。彼のスゥームが非常に強かったため、口頭で宣誓をするわけにいかず、誓いの儀は書記を介して実施されたとされている。書記たちは戴冠直後にウルフハース王による最初の布令、すなわち伝統的なノルドの神々の業火による復権である。旧態の信仰は違法とされ、僧侶たちは火あぶりに処せられ、その聖堂には火が放たれた。以後、ボルガス王の影響が一時的に弱まることになった。その狂信ぶりにより、ウルフハース王はショールの舌、北方の竜イスミールなどの異名で知られるようになった。 カインの息子 ウルフハース王の二番目の歌は、彼の偉業が古き神々にとっていかに好ましきものであったかを讃えたものであり、ウルフハースが東方のオークたちと戦い、その族長を声の力で地獄送りにした様子や、竜によって傷つけられたハイ・フロスガルの418番目の段を再建した話が盛り込まれている。彼が配下の軍勢が風を引かないように雷雲を飲み込んだことにより、ノルドたちはウルフハースをカインの息の異名で呼ぶようになったとされている。 戸を叩く老人 ウルフハース王の三番目の歌は彼の死に様を歌ったものである。敵側の神であるオルケイは以前からノルドたちを破滅に導こうと画策しており、アトモラでも彼らの年齢を奪ったりしていた。ウルフハース王の強大さを目の当たりにしたオルケイは、再び時喰らいしアルドゥインの亡霊を呼び寄せる。これによりノルドたちのほとんどは年齢を喰われ、六歳児の姿となってしまう。少年となったウルフハースは今は亡き神々の族長であるショールに、ノルドたちを救うように嘆願する。ショール自身の亡霊がこれに応じ、時の始まりでそうしたように霊魂の次元にてアルドゥインと対決して勝利し、オルケイの臣下であるオークたちを破滅に追い込む。天での戦いを見ていた少年ウルフハースは新たなスゥーム、「巨竜をかように揺らせばどうなるか」を体得する。彼はこの新たな力を使ってノルドたちを正常な姿に戻すが、一人でも多く救おうと焦る中で自らの年齢を戻し過ぎてしまい、グレイビアードたちよりも高齢となり、死んでしまうのであった。ウルフハースの火葬の際の炎はカインの炉にすら達したとされている。 灰の王 ウルフハース王の四番目の歌は彼の復活を歌ったものである。東方の王国のドワーフと悪魔たちが再び戦いを始め、ノルドたちはそれをきっかけにかつての領地を奪い返せないかと目論み始める。侵攻が計画されたものの、率いてくれる強大な王がいないために見送られてしまう。そこへダゴスの悪魔が登場し、敵意は無いと言い張り、ノルドたちに素晴らしき話を聞かせる。神々の族長ショールの心臓の在り処を知っているというのだ。ショールは遥か昔にエルフの巨人たちに殺され、その心臓はノルドたちに恐怖をうえつけるために旗の一部として使われたのだった。この策は当初功を奏していたが、イスグラモルが皆を正気に戻すと、ノルドたちは反撃に転じたという。自分たちがいずれ敗北することを悟ったエルフの巨人たちは、ノルドたちのもとにその守護神が戻ってしまわないよう、ショールの心臓を隠してしまったのであった。ダゴスの悪魔がもたらしたのはそれほどの朗報だったのである。彼によればショールの心臓は東方の王国のドワーフと悪魔たちが手にしており、最近の動乱はそれが原因になっているとのことだった。ノルドたちがダゴスの悪魔にかように仲間を裏切る理由を問うと、悪魔は同族の者たちは時の始まり以来お互いを裏切り続けてきており、これもその一環だと答え、ノルドたちもそれを信じた。「舌」たちがその歌でショールの亡霊をこの世に再び呼び寄せると、ショールは昔同様に軍勢を集め、撒かれて久しいウルフハース王の遺灰を集めて再生させた。これはショールが有能な武将を配下に欲したからであるが、ダゴスの悪魔もその武将の役をくれと懇願し、聖戦の担い手としての自らの役割を強調した。これによりショールは灰の王とダゴスの悪魔の両方を武将として傘下にかかえ、スカイリムの息子たち全員を引き連れて当方の王国へと進軍したのである。 赤き山 ウルフハース王の五番目の歌は実に悲劇的なものである。災厄の生き残りたちは赤い空のもとに帰ってきて、その年は太陽の死と呼ばれることになった。ノルドたちはダゴスの悪魔に騙されたのであった。ショールの心臓は東方の王国では見つからず、そこにあった事実すらなかったのである。ショールの軍勢が赤き山に辿り着くやいなや、悪魔とドワーフたちが大挙して襲いかかってきたのである。敵の妖術師たちが山を持ち上げてショールの上に落とし、ショールは時の終わりまで赤き山の下敷きになってしまう。スカイリムの息子たちは惨殺されてしまうが、その前にウルフハース王がドワーフオークのドゥマラキャス王を倒し、その一族の破滅を不可避として一矢報いた。その後、悪魔のヴェクが灰の王を地獄へと送り、戦いは終焉を迎えた。しばらくの後、カインがイスミールを地獄から救い、その遺灰を天へと持ち上げ、息子たちに裏切りによって流された血の色を見せたのである。そしてノルドたちはあれ以来、二度と悪魔を信用することはなくなったという。 *** 灰の王ウルフハースの秘密の歌 赤き山の真実 ダゴス・ウルが約束した通り、ショールの心臓はレスデインにあった。ショールの軍勢は内海の最も西方にある沿岸に近づき、その向こうにドワーフの軍が集結する赤き山を見た。斥候からの報告によると、ダークエルフの軍はナルシスを出発したばかりで、ノルドたちと戦うドワーフ軍に加勢するにはしばらくかかるだろうとのことであった。ダゴス・ウルの話では裁官たちが王の信頼を裏切り、ダゴス・ウルをロルカーン(レスデインでのショールの呼び名)のもとへと送り、荒ぶる神がドワーフたちの不遜に鉄槌を下すことを期待したそうだ。ネレヴァルとドワーフたちの和平こそが、ヴェロシの法の破滅に繋がるのだと。ダゴス・ウルいわく、それこそがダークエルフの集結が遅い理由なのだと。 増強される軍勢 そしてロルカーン(レスデインでのショールの呼び名)は言った、我がドワーフ共に復讐の鉄槌を下すのは、裁官たちが思うような理由のためではない。とはいえ、奴らが奴らに味方する輩共々、我が手で死ぬことに変わりはない。ネレヴァルとやらは、最も強大なパドメイの一人であるボエシアの息子である。彼は裁官たちが何と言おうと同族にとって英雄であり、十分な数の兵を集めて激しく抵抗してくるであろう。我々にも増援が必要だ。すると、裁官たちと同じくらいドワーフ共を死なせたいと欲していたダゴス・ウルがコゴランへと赴き、ダゴス家のチャプティル、ニクスハウンド、魔術師、弓兵、そして奪取した黄銅人たちを呼び集めた。そして灰の王ウルフハース、白髪のイスミールは、そのノルドの血を抑えてオークたちと和平し、多くの戦士を得たものの魔術師はまるでいなかった。赤き山を目前にしてもなお、ノルドたちの多くは宿敵と手を組む気にはなれず、戦意を捨てる寸前にあった。そこでウルフハースは言った。自分のいる場所がわからんのか? ショール様が誰なのか知らんのか? この戦争の意味がわからんのか? すると兵たちは王から神から悪魔たちからオークたちへと見渡して、その何人かは理解し、それも心底理解し、その何人かこそがその場にとどまったのである。 破滅の太鼓 ネレヴァルは月の影の音から作られた、キーニングなるダガーを身につけていた。彼のそばには神のものとおぼしき大槌を携えたドワーフの王デュマクと、アズラの息子であり、亡霊の鎧を着込んだ不死身のアランドロ・スルがいた。彼らは赤き山の最後の戦いでロルカーンと対決した。ロルカーンは心臓を取り戻していたが、長い間離れていたため、時間を必要としていた。ウルフハースはスルと戦ったものの、スルに打撃を与えることができず、重傷を負って倒れたが、その前に叫びによってスルを失明させた。ダゴス・ウルはデュマクと戦い、これを倒したが、その前にサンダーが主君の心臓に命中していた。ネレヴァルはロルカーンに背を向け、怒りに任せてダゴス・ウルを打ち倒したが、逆にロルカーンから致命傷を受けてしまった。だがネレヴァルはこの早すぎる死を偽装し、ロルカーンの脇腹に不意打ちを喰らわせた。調律の力をもつサンダーの一撃によりロルカーンの心臓は固化しており、ネレヴァルはキーニングでこれを切り出すことができた。心臓を切り出すとロルカーンは倒され、万事が終焉を迎えたように思われたのであった。 歴史・伝記 紫1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/96.html
アレッシア・オッタスの アンヴィル案内書 美しきディベラ、愛の女神! 私たちと子供たちを祝福してください! 私の名はアレッシア・オッタス。皆様に、アンヴィルの全てをお伝えしましょう。 アンヴィルは海辺にあり、一見するととても美しく見えます。しかし、細部に目を向ければ不愉快なものが多く目につくでしょう。水辺の景色は魅力的なものですが、町の外の船着場や港の周辺では船乗りや物乞いなど、汚い身なりの人々がうろついています。アンヴィル城は清潔でよく管理されているし、城壁に囲まれた家々のうち、いくつかはきれいで立派です。しかし、それ以外の家は住む人も無く荒れ果て、あるいはみずぼらしく剥がれ落ちた壁土がそのままにされています。町中では異常者や酔っぱらいの姿がいたるところに見られます。 アンヴィル城 アンヴィルの領主は、ミローナ・アンブラノクス伯爵夫人です。彼女の夫、コルヴァス・アンブラノクスは何年も前に失踪しましたが、軽薄で不真面目な人物で、馬鹿騒ぎをしては醜聞を振りまく癖があったため、伯爵夫人は彼がいなくなってかえって平穏な生活を送れるようになったといわれています。伯爵夫人自身は、高潔で敬虔な素晴らしい領主であると人々から慕われています。もしも彼女が衛兵に命じて船乗りや物乞い、怠け者、泥棒たちをみな町の外に追い出したなら、アンヴィルは今よりずっと住みやすくなるでしょう。 アンヴィルの地区 アンヴィルは5つの地区に分かれています。アンヴィル城は街壁の外の港を見下ろす場所に建っており、チャペルゲート地区の門から道が城へと続いています。壁に囲まれた街は3つの地区、東のチャペルゲート地区、西のウェストゲート地区、そしてその間に位置するギルドゲート地区に分かれています。港は街壁の外にあり、ウェストゲート地区の門から行くことができます。 チャペルゲート地区 シロディール中を探しても、ここより美しい聖堂にはお目にかかれないでしょう。聖堂と街壁の間には美しいディベラ像のある静かな庭園があり、瞑想にもってこいです。聖堂の向かいには素敵な庭園と、礼拝する人々を風雨から守ってくれる屋根つきの回廊があります。残念なことに、住民たちはこのような素晴らしい聖堂にほとんど興味を示さず、礼拝する住民もごくまれです。頭の軽い女司教のせいなのか、伯爵夫人が自ら礼拝に来て模範を示そうとしないからなのか、どちらの理由かはわかりません。 ギルドゲート地区 アンヴィルの最も栄えている地区はギルドゲート、正門、もしくは北門を入ったところにあります。この地区には、アンヴィルで最も立派な建物と最もみすぼらしい建物が隣り合って建っています。ギルドはよく管理されたきれいな建物のほうに属します。この地の魔術師ギルドと戦士ギルドはシロディール各地のギルドの中でも特に野心的で生産的です。魔術師ギルドの代表者であるキャラヒルは魔術の研究者として名声を得ており、交霊術、召喚術、黒魔術を公に批判しています。戦士ギルドは人材に恵まれて精力的に活動しており、シロディールにある他のギルドに見られるような無責任でやる気の無い態度とは無縁です。それに対して、魔術師ギルドのすぐ隣の建物は閉鎖された廃屋で、見苦しく荒れ果てていて本当に目障りです。 ウェストゲート地区 ウェストゲート地区は、アンヴィルの住宅街です。この地区にある家はみすぼらしく、荒れるにまかせてあります。住民はだらしがなく無気力ですが、唯一の例外はアンヴィルの有名人、アルゴニアンの女流作家クイルウィーブでしょう。彼女は下層階級の人間や犯罪者の悲惨な運命や陰謀の計画を描いた低俗な本を何冊か出しています。彼女の存在は、アルゴニアンが罪深く不誠実で、役立たずの人間未満の存在だという偏見を助長しているといえます。 港 船着場は補修がされておらず、荒れ果てて不潔です。船倉や今にも崩れそうな港湾倉庫からはあらゆる種類の悪臭が立ち上っています。役立たずたちがどこからか集まってきては、ここで日向ぼっこをしたり、噂話や無駄話をしたり、ワインやエールを買うために物乞いをしようか、盗みを働こうかと考えたりするのです。そこではミラベル・モネーという優しい女性が家のない船乗りのために宿を提供していますが、残念ながらその間違った慈善は単に酔っぱらいと怠け者を甘やかすことにしかなっていません。そんな無益なことをしている暇があるならば、彼女はあの不道徳な怠け者たちに九大神の教えと生産的な仕事を教えるべきでしょう。港はそんなありさまですが、南に行くと素敵な灯台があり、その上に上って遠く眺めれば、アンヴィルの城、町、そして港もそれほど不愉快には見えないでしょう。 九大神があなたを守り導いてくださいますように! 地理・旅行 茶3 アレッシア・オッタスの コロール案内書 ステンダールを称え、九大神を称え、全ての聖人を称えよ! 私の名はアレッシア・オッタス。皆様に、コロールの全てについてお伝えしましょう。 コロール城 コロールはコロール州の州都であり、女伯爵アリアナ・ヴァルガによって統治されています。彼女は非常に正しい女性で、彼女の娘は美しく貞節な、レヤウィン伯爵夫人のアレッシア・カロです。 アリアナは敬虔なアカトシュの信奉者で、ステンダール聖堂での礼拝を欠かさず、領民の良き模範となっています。彼女の夫、故チャラス・ヴェルガ伯爵もまた信望厚い信仰のディフェンダーでステンダール信者だったので、彼がスカイリムの異教のノルド人との戦いで命を落としたという知らせは領民に大きな悲しみをもたらしました。アレッシア・カロはレヤウィン伯爵の良き妻であり、コロール伯爵の子女としての本分を尽くしています。彼女はよくコロールに戻り、素晴らしい母親のもとを訪ねています。 素晴らしいことに、城に仕える魔術師もまた(他の多くの魔術師が神の教えと信仰を軽んじているのと違って)公正で敬虔な九大神の信徒です。彼女、シャネルは、不信心ものを罰しようとする正しい人々のために魔術を教授しているので、へたな魔術師ギルドのいかがわしい魔術師たちに教わるぐらいなら彼女のところへ行くべきでしょう。 女伯爵は毎日大広間で会議を開いています。(もちろん、日曜日以外ですが)彼女には素晴らしい使者や執事がおり、城は品格と秩序が保たれています。また、城には地下牢があるのですが、残念ながら衛兵たちは怠慢で、町中にたむろする物乞いや泥棒、博徒、詐欺師を捕まえてせっかくの牢屋に放り込もうともしません。 コロールの地域 コロールは5つの区域に分かれています。門を入ったところはファウンテン・ゲート地区で、美しい泉があり、大戦で犠牲になった人々に捧げられた聖サンクレ・トールの像が立っています。泉の周りには2件の宿屋、雑貨店、鍛冶屋があります。そこから東への道は城へ、北への道はグレート・オーク広場へ、西への道は聖堂通りと西コロールへ、それぞれ通じています。西の聖堂へ行く道の途中には本屋があり、聖堂より西は西コロール地区で、井戸の周りに簡素な小屋が集まっています。グレート・オーク広場の周りには魔術師ギルドと戦士ギルド、そしてたくさんの立派な家があります。 スタンデール聖堂 スタンデール聖堂は美しい建物で、巡礼の祈りと瞑想に申し分のない場所です。毎週日曜日の朝には、この町の正しい人々とよき領主が礼拝のために聖堂に集まります。しかし嘆かわしいことに、女伯爵という素晴らしい模範がありながら、コロールの住民の多くは怠惰で信仰を軽んじています。きっと、魔術師ギルドと戦士ギルドの構成員が悪い手本になっているせいでしょう。聖堂の女司祭、オラグ・グラ=バーゴルは親切で正しい老婦人で、魔術師ギルドの邪悪な異教徒から呪文を買うくらいなら彼女から買ったほうがずっと良いでしょう。 コロールのギルド 戦士ギルドを率いているのは優秀で誉れ高いヴィレナ・ドントンですが、その構成員は粗野で汚い言葉で話し、たいてい支部で怠けているか、町中をうろつきながら耳障りな雑談をしているかのどちらかです。彼らがスタンデール聖堂での礼拝の習慣を身に付けて行いを正せば、戦士ギルドはずっと良くなるでしょうに。ただし、戦士ギルドの優秀な鍛冶屋は特別です。彼女はよく聖堂で礼拝をしています。 コロールの魔術師ギルドにいる学者は役立たずばかりで、生徒たちは本を読んだり罵りあったり、悪臭のする薬を調合して時間を潰しています。彼らは教養があって正しい言葉づかいができますが、懺悔と祈りによって魂を磨くこともしないくせに、そんな学問がいったい何になるというのでしょう? ここの魔術師ギルドで呪文や薬を買うことはできますが、そこで払うお金は彼らにくだらない娯楽や怠惰な時間を提供するだけでしょう。 商店とサービス ノーザン・グッズ商店のシード・ニーアスはアルゴニアンですが、他のアルゴニアンと違って賢く、誠実で、丁寧な応対ができます。素晴らしいことではないですか? 彼女は商才があり、その成功の技術を教授していますが、店の品物を安く売ってくれることはないでしょう。 火炎と鋼鉄鍛冶店の鍛冶師、レッドガードのラシーダは優秀な職人であり、その技術を教授しているようです。彼女は日曜の礼拝に毎回来ていますが、人間的に未熟で礼節に欠け、行儀や身なりも良くはありません。 レノア書店はきれいな店構えで品揃えも豊富ですが、信じられないことに『九大神の十戒』を一冊も置いていませんでした。しかも、女店主は一度もスタンデール聖堂へ来たことがありません。いったいどういうことでしょうか? この町に、食べ物と寝床を提供してくれる宿は2軒だけあります。一軒は上品で清潔で、立派な人々になじみにされている宿です。もう一軒は粗野で不潔で、酔っぱらい、泥棒、オークの溜まり場になっています。一方は身なりの良い上品で礼儀正しい婦人が、もう一方はだらしのない若い女性が経営しています。宿の名前はそれぞれ「オーク・アンド・クロージャー亭」と「グレイ・メア亭」です。清潔で安全な寝床を提供してくれるのはどちらの宿か、もうおわかりですね。 コロールの著名人 作家キャスタ・スクリボニアはコロールに住んでいます。彼女は教養があり、各地を旅した経験を持ちますが、彼女の著作はあまりおすすめできません。なぜなら、彼女の作品はどれもロマンスとゴシップと、他の低俗な娯楽を題材にしていて、主人公たちは九大神を信仰する者なら誰もが持っているはずの美徳、道徳、貞節、神への崇敬を見せず、読者の子供たちの悪い手本となりかねないからです。 コロールの不名誉な特徴 魔術師ギルドや戦士ギルドの近くのグレート・オークにはよく町民が無為に集っては雑談をしています。ホンディターという名の狡猾な男が、周辺の土地で起こること全てを知っています。彼はお金と引き換えにスキルを教えていますが、この男を聖堂で見かけることはなく、どうも罰当たりな行動や深酒、喧嘩に耽溺しているようです。 コロールは殺人や泥棒の多い町です。彼らはなんと家で犯罪の技術を教えて授業料を稼ぐことさえあります。衛兵はいったい何をしているのかって? 残念ながら、彼らを町中で見かけることはありません。 コロールの物乞いは身なりは汚いですが、健康で態度が良く、陽気です。いい気分になるために小銭を恵んでやってもよいでしょうがそのお金はすぐに賭け事や強い酒などのくだらないことに使われてしまうので、彼らのためにはならないでしょう。 九大神の祝福とご加護がありますように! 地理・旅行 茶2 アレッシア・オッタスの シェイディンハル案内書 健やかな心身にアーケイの祝福を! 私の名はアレッシア・オッタス。皆様にシェイディンハルの全てについてお伝えしましょう。 シェイディンハルを訪れる人はまず、緑の大草原やコーボロ川の土手に経つ優雅な柳の木、よく手入れされた庭園、花でいっぱいの垣根、そういったものに目を奪われることでしょう。手入れの行き届いた家々、その石壁にほどこされた細工や、ガラス、金属、木材を組み合わせた美しい装飾は、シェイディンハルという町の裕福さを物語っているかのようです。 しかし、その裏に何が隠されていると思いますか? 犯罪、醜聞、それに数々の不道徳です! シェイディンハルは、3つの区域に分かれています。北の丘の上にはシェイディンハル城の中庭と城壁があります。その下に、東門から西門へ、東西に道が走っています。コーボロ川はこの道からだいたい南北に流れており、町の南半分を2つの区域に分けています。聖堂は東側の区域、そして市場は西側の区域にあります。市場側の区域には全ての商店、宿屋、ギルドが集まっています。聖堂区域には聖堂と住宅街があります。コーボロ川には北と南の2箇所に橋がかかっていて、南側の橋の途中には小さな公園になっている中州があります。 シェイディンハルは東ニベンに位置していますが、その文化は、ここ半世紀の間にモロウウィンドから移民して来た、ダークエルフたちによって作られたものです。彼ら移民の多くは、モロウウィンドの窮屈な社会と腐敗した宗教支配を逃れて来た人々です。シロディールにおいては、ゼニタールの守護の下、かの地よりも自由で活発な経済活動の機会を見出すことができたのです。 シェイディンハルの伯爵もまた、そうした移民の一人です。アンデル・インダリス伯爵はモロウウィンドのフラール家の出身ですが、より多くの成功の機会を求めてこの地にやってきました。 伯爵はシロディールの貴族社会において異例の速さで上位に登りつめましたが、その理由については謎が多く、シロディールの伝統ある名家の人々は伯爵を身のほど知らずな成り上がり者と陰口を叩いています。さらに、ラザーサ・インダリス夫人がシェイディンハル城の階段で何者かに撲殺され遺体で発見された事件は人々の好奇の目を惹きつけ、伯爵の浪費癖、不倫、激情と事件の関係について黒い噂が絶えません。 シェイディンハルのアーケイ聖堂に訪れる人はほとんどいません。そもそも、模範を示すべき伯爵が一度も聖堂に足を踏み入れたことがないのです。ただし、彼の場合は九大神のもとに現れて審判を受けることを恐れているのかもしれませんが! シェイディンハルの大主教、司祭、治癒師は感じのよい人々で、神に忠実な神学者ですが、この地の聖職者で最も尊敬されているのはアーケイの生ける聖人・エランディルでしょう。彼は魔術師ギルドや帝都戦技大学で不正に行われている黒魔術に反対する運動を精力的に行っています。 シェイディンハルの2つの宿屋はどちらも一見良さそうに見えますが、一方の宿屋「ニューランド」を経営しているダークエルフは下品な異教徒の無法者で、もう一方の宿屋「シェイディンハル・ブリッジ」の経営者は高潔で敬虔な帝都民の夫人です。行き届いたサービスと安くておいしい食事、殺人鬼や泥棒の心配をせずに安心して眠れる安全で清潔な寝室、そういったものを求めるならどちらの宿屋に泊まるべきかはもうおわかりですね。 シェイディンハルの本屋を所有し経営しているのはアルゴニアンのマッハ=ナーです。私は彼より無礼で不愉快な人物にお目にかかったことがありません。しかし、本屋の品揃えは素晴らしく値段も手ごろです。 シェイディンハルの住宅は、最も貧しいものの家でさえみな清潔で見栄えがよく、庭なども手入れが行き届いています。家の中に入って家具や内装を眺めたいなら、住民に言えば喜んで迎え入れてくれるでしょう。(もちろん、早朝や夜中に訪ねたりしなければ、です!)ただし、だまされてはいけません! いくらその住民がどこから見ても立派な人物に見えたとしても、彼らの多くはあなたを招きいれたとたん豹変し、下品で粗野な態度で獣のように襲いかかってきます。彼らと人間らしい会話を交わすよりも、殺されて地下室に投げ込まれる可能性のほうがずっと高いのです。そのような粗暴で卑しい人々の多くがオークだというのは別に驚くべきことではありません。 それでも、シェイディンハルで一番の著名人、画家のライス・ライサンダスの家だけは訪ねる価値があります。彼自身はアトリエにこもって制作に没頭していることが多く、面会は難しいのですが、かわりに優しく親切な夫人があなたを招き入れ、壁にかかった彼の絵を見せてくれるでしょう。 九大神に従い、栄光へと向かいましょう! 地理・旅行 茶3 アレッシア・オッタスの スキングラード案内書 ジュリアノス、全ての正義と知恵はあなたと共に! 私の名はアレッシア・オッタス。スキングラードの全てについて皆様にお教えしましょう。 スキングラードはワイン、トマト、チーズの名産地として名高く、またシロディールでも最も清潔で、最も安全で、最も栄えている町の一つでもあります。ウェストウィルド高地の中心部に位置するスキングラードは、古き良きコロヴィアの至宝であり、コロヴィアの美徳である独立、勤勉、強い意志を象徴する存在です。 スキングラードは、城、ハイタウン、聖堂の3つの区域に分かれています。そして、ハイタウンを囲む壁に沿って、橋の下を街道が東西に貫いています。ハイタウンの西にはギルドや宿屋「ウェストウィルド」があり、北の道沿いには多くの商店や高級住宅街が並んでいます。町の南半分はというと、東の端に聖堂が、そして中央の通り沿いにスキングラードのもう一つの宿屋「トゥー・シスターズ」があり、庶民の住宅が周囲に点在しています。いくつかの門や橋が、街道を越えてハイタウンと聖堂を繋いでいます。スキングラード城は南西の高い丘に、町から完全に独立して建っています。町から城へ行くには、町の東の門からのびる道が城へ通じています。 スキングラード伯爵のジャナス・ハシルドアは長年スキングラードを治め、魔術師としての名声も高い人物です。彼は人との交わりを非常に嫌っており、全ての面談を断っています。また、彼は不信心にも九大神への礼拝を怠っています。領主が模範を示さなければ、領民はいったいどうやって徳を身に付けるというのでしょう? しかし、それでもなお彼は人々から尊敬され、スキングラードは順調で平和な領国の模範となっています。実際に、この町では犯罪、ギャンブル、路上の酔っ払いなどは全くと言って良いほど見られないし、スキングラードのワインやチーズはタムリエル全土で高値で取り引きされています。 スキングラードには宿屋が2軒あります。そのうち、宿屋「トゥー・シスターズ」はオークが経営しています。この宿屋は清潔で良く管理されており、すばらしいことに騒動や酔っ払いとは無縁です。もう一方の宿屋は感じの良い帝都民の女性が切り盛りしています。両方の宿屋の経営者ともにジュリアノス聖堂に礼拝に現れないので、食べ物や休息を求めている巡礼の皆様にどちらの宿屋をお勧めするべきかはわかりません。 しかし、おいしいロールパンをお探しならば、聖堂区域にあるパン職人サルモの店は間違いなくおすすめできます―― この店のパンは最高です! スキングラードの他の名産品―― トマトとチーズ―― については、各人の好みによって判断が異なるでしょう。また、これを読んでいる皆様はスキングラード名産のワインには興味がないでしょう、酒は人の心を乱し、心の乱れは罪につながるのですから。 この地の魔術師ギルドは他の土地のそれと変わりませんが、戦士ギルドはゴブリン狩りを専門としており、ウェストウィルドを旅する人々に質の高いサービスを提供しています。それにしても町の鍛冶屋が自身を指して“悩める者アグネッテ”と呼んではばからないことには驚かされます。いったいなぜそのような恥知らずなことができるのでしょうか? 九大神をいつも胸に! 地理・旅行 茶3 アレッシア・オッタスの 帝都案内書 アカトシュを称えよ! 帝都と全ての民に祝福を! 私の名前はアレッシア・オッタス。皆様に、帝都の全てについてお伝えしましょう。 帝都について 帝都におられるお方といえば? そうです、タムリエル皇帝ユリエル・セプティム、信仰のディフェンダーにして、聖タイバー・セプティム、主タロスの血統であり、神聖なる国家と法の主、九大神とともにあるもの。私たちはみな、皇帝の善良さと神聖さを知っています。彼はよく、最高神の神殿で九大神と聖人たちに祈りを捧げています。 では、皇帝が住んでおられるのは? 帝都の中心部にある王宮の白金の塔です。白金の塔は遠い昔、邪神デイドラを信仰するアイレイドたちによって建てられました。邪教の古代文明が積み上げた石の塔が、今では帝都の正義と信仰を象徴する記念碑として神に捧げられているのですから、本当に素晴らしいことです。帝都の王宮を訪れる人々は聖人や伯爵、魔闘士、歴代皇帝が眠る墓地を散策し、町のどこからでも見える白金の塔を畏敬の念を込めて見上げるのです。 王宮にある長老会の会議室は、一般の立ち入りは禁止されています。また、帝都衛兵の古式ゆかしい武具に驚嘆するかもしれませんが、彼らは粗野で非礼なのであまり近づかないほうが良いでしょう。 帝都の地区 帝都は10の地区に分かれています。中心地にあるのが王宮で、残りの9地区がその周りを囲んでいます。王宮の北西の地区がエルフガーデンで、住みやすい住宅街です。 そこから反時計回りに、次の地区はタロス広場地区です。ここは王宮の西にある高級住宅地です。南西にあるのが神殿地区です。神殿地区の壁の向こう側、街の外には悪臭漂う不潔な波止場地区があります。王宮の南東は庭園地区で、そこの壁の向こう側には評判の悪い魔術師ギルドのアルケイン大学が建っています。東にあるのは悪名高い闘技場地区です。そして最後に、王宮の北東はなんでも手に入る商業地区です。商業地区の壁の外側には獄舎地区があります。 神殿地区 私が住んでいるのは帝都の神殿地区ですが、ほんとうに美しいところです。最高神の神殿に礼拝に来られることがあれば、ぜひうちを訪ねてください。夫と娘もご紹介します。ここはとても素晴らしい地域で、住んでいるのは感じのよい上品な人たちばかりです。ただ、帝都の他の地域と同じく、物乞いがうろうろしているのが玉にきずです。 庭園地区 この美しい庭園では、あの有名な九大神の像を見ることができます。中央の像が主タロス、皇帝タイバー・セプティムです。しかし、この九大神の中心という名誉な位置に、最高神アカトシュを差し置いてタロスが彫られているというのはいかがなものでしょうか。実際のところ、この恥ずべき間違いの元凶は、タロスの子孫である皇帝を必要以上に賛美しようとした長老会です。 商業地区 帝都商業会議所の前には、商人による詐欺の被害を訴えにくる人々の行列が絶えません。ここは不潔な地区で、商店が捨てた木箱がそこら中に積み重なり、気味の悪い茸や菌類がびっしりと生えて、敷石はぬるぬるした汚れですっかり覆われています。ここへは自分で買い物に行くよりも、使用人を使いに出せるならそうしたほうが良いでしょう。 アルケイン大学 ここはひどく汚く、荒れた、スラムのような場所です。屋外には一人の生徒も魔術師も見当たりません。彼らは暗い地下室に座って異端の書物に没頭しているか、巻物に難解な悪文を書き付けるのに忙しいのです。 アークメイジの塔の中には、帝都の太陽系儀が置かれています。魔術師たちはそれを使って天文学の研究をするのです。なんと愚かな! そんな馬鹿げた高価な機械を覗き込んでいる暇があれば、どうして神の御業に目を向け、教えの通り九大神を崇めないのでしょう? 魔術師たちは貴重な本を集めた巨大な図書館を持っていますが、意地悪くも一般の利用者は締め出しています。しかし、これは特に非難すべきことではないし、惜しくもありません。なぜなら、彼らの集めるような本は確実に不道徳でとるに足らない内容でしょうから。 帝都波止場地区 この場所は本当に最低です。この場所を歩いていて、殺された女子供の死体につまづくことはそう珍しくありません。タムリエルで最もたちの悪い人種は商人と船乗りですが、ここにはそういったごろつきが集まってきては市民の稼いだお金を騙し取る算段をするのです。賭博、人身売買、スクゥーマ、その他のもっと恐ろしい罪が港湾倉庫や船倉で行われています。彼らを取り締まるべき衛兵は何をしているかですって? どこにも見あたりません。 帝都獄舎地区 この牢獄は陰惨で身の毛のよだつような場所で、じめじめした不潔な建物の中のいたるところに、鎖、やっとこ、手枷、足枷、その他あらゆる拷問道具が置かれています。でも、肝心の囚人はどこでしょう? いません! 衛兵があんなにも怠けているせいで、牢獄はいつもからっぽなのです! 帝都のいたるところに衛兵の姿が見られます。彼らも町中に居る盗賊や強盗がこわいので、常に数人で一緒に行動しています。どうして彼らが、鬱陶しい物乞いどもをまとめて牢屋に入れてしまわないのか不思議でなりません。犯罪者は大胆で、白昼、町中で犯罪に出くわすことも珍しくありません。ある恥知らずのならず者などは、彼の武具が帝都獄舎から盗んだものであるとおおっぴらに自慢しているほどです。いったい、どれほど看守が怠けていればそんなことが可能なのでしょう! 犯罪者を牢に閉じこめておくべきはずの看守の上司が賄賂を受け取っているため、看守たちは恥知らずにも職務を怠っているのです。 闘技場 この場所については説明する必要がないでしょう。皆様が足を運ぶような場所ではありません。怠惰で愚かな人々だけがここへ来て勝ち負けに金を賭けたり、時には自分で血を流して戦ったりするのです。そんな無益な戦ができるなら、どうして町中にたむろする強盗や物乞いを駆逐することにその力を使わないのでしょう。 九大神の祝福とご加護がありますように! 地理・旅行 茶2 アレッシア・オッタスの ブラヴィル案内書 恵みあふれる母なるマーラ、我らを病からお守りください! 私の名はアレッシア・オッタス。ブラヴィルの全てについて皆様にお伝えしましょう。 ブラヴィルは例えるなら、下水口のふたにぞっとするほど汚らしいごみがたくさん溜まっているような光景を思い起こさせる町です。この町はシロディール中で最も貧しく、最も汚く、最も古ぼけて、最もみすぼらしく、最も多くの犯罪者、酔っぱらい、スクゥーマ中毒者が住みつき、最も多くの住人が獣じみた下等人種もしくは外国人です。あとはここにデイドラを崇拝する邪神教の集会でも加われば、間違いなく極悪非道、品性下劣な最悪の町と言えるでしょう。しかし、おぞましいことに、ブラヴィルでは実際にそれよりも邪悪で堕落した邪神崇拝が秘密裏に行われているという噂です。 この町は陰気で殺伐としており、常に重苦しい空気が漂っています。また、気候はじめじめとしており、大気は汚れています。というのも、町の下水が流れ込むラーシウス川の淀みからは悪臭が立ち上り、ニベン湾の低地には同じく悪臭を放つ沼地が広がっていて、疫病と害虫の温床になっているのです。 町の建築物の見苦しさと乱雑さは度を超しています。住宅、商店、ギルドの建物の柱はひび割れ、裂け、腐って軟らかく、緑のカビで覆われています。いっそのこと崩れ去ってしまえばその後に新しくましな家を建てることもできるでしょうが、彼らは今ある家の上にまた汚らしい家を建て、そのおかげで家々は三階、四階とまるでこやしの山のように見苦しくその高さを増してゆくのです。物乞いや泥棒は通りの頭上に張り出したバルコニーで無為に時間を潰し、ごみやガラクタを不運な通行人の頭の上に投げ捨てるのです。建物の屋根の上にぐらぐら揺れながら建っている信じられないほど不潔な小屋に、一家全員が暮らしていたりします。 ブラヴィルの住民は不愉快で不誠実です。彼らの生活は洞窟に住むゴブリンより少しましな程度で、今にも崩れそうな不潔な小屋に勝手に住みついています。町の住民は2つの階級に分けることができるでしょう。一方は密輸業者、スクゥーマ中毒者、強盗、泥棒、殺人者たちで、もう一方はこうした犯罪者がカモにする物乞いや愚鈍な役立たずたちです。 ブラヴィルの支配者は犯罪者のリーダーたちです。町の衛兵は、スクゥーマ密売人の親玉に雇われています。エルスウェーアとブラック・マーシュにほど近いこの町に多くのアルゴニアンとかカジートが住んでいるのは不思議なことではありませんが、オークの多さには驚かされます。しかし、これらの下等な人種たちは他の下等な人種と問題なく共存しています―― ちょうど泥棒や獣がお仲間を見つけては群れ集うのと同じように。 ブラヴィルの町は区画整理などされていませんが、不運にもこの町を歩くことになった人々のためにいくつかの目印をご紹介しましょう。城へは、崩れそうな橋で川を渡って東へ。聖堂は西です。商店やギルドは東側の壁と川を背にして並んでいます。聖堂と商店・ギルドの間の地域はブラヴィルのスラム街です。 城は、ブラヴィルで唯一の石造りの建物です。この城は庶民の住む掘っ立て小屋と同じぐらい汚く建てつけも悪いですが、それでもアンヴィルや帝都で一番貧しい物乞いの家と比べれば少しはましかもしれません。レギュラス・タレンティウス伯爵は家柄も良く、かつてはトーナメントでチャンピオンになり名声を得たこともありますが、領民に言わせれば今では単なる役立たずの酔っぱらいです。伯爵の息子のゲリアス・タレンティウスは典型的な親の七光りで、犯罪者とスクゥーマ中毒者が好き勝手に振る舞える社会の維持に大いに貢献しています。 聖堂の建物の石でできた部分は、崩れるがままでカビに覆われています。木材を組み合わせただけのぼろぼろの柵で囲まれた墓地は乱雑に荒れ果てています。女司教はマーラの敬虔な信奉者ですが、九大神見捨てられたこの町の犯罪と不正は彼女の手には負えないでしょう。女司祭は聖堂を訪れる数少ない人々に好かれていますが、この町の大多数の住民は生涯一度も聖堂に足を踏み入れることはないのです―― 盗みや物乞いに入る場合を除いては。 また、この町の宿屋の評判も最悪です。宿屋に入るには、まず玄関に寝そべった酔っぱらいと彼らが吐いたものを乗り越えなければならないでしょう。宿の中では、暗がりのごろつきや博徒やスリが、不注意な旅行者をあっという間にカモにしてしまいます。そのような宿に泊まろうとする物好きな旅行者は、眠っている間に殺されたとしても文句は言えません。 それに比べれば、ギルドはまだ清潔で酔っ払いも見当たらず、比較的平穏が保たれている場所といえます。もし必要に迫られてブラヴィルで夜を越すことになった時は、戦士ギルドか魔術師ギルドに泊まるのが最善でしょう。ギルドにいる人々も野蛮で不道徳ですが、少なくとも安全に眠れる場所だからです。 商店もブラヴィルの他の部分と比べれば、まだましと言えるでしょう。商店は泥棒対策のために厳重に見張られており、店内では暴行や殺人の心配はありません。 もしあなたが何かの不運でブラヴィルを訪れることになってしまったとしたら、町に入ってすぐにそこから出たくなることでしょう。そのときは気をつけてください、町を出るあなたの後ろから追いはぎと殺し屋の群れが追ってこないように。 九大神を称え祈りましょう! 地理・旅行 茶3 アレッシア・オッタスの ブルーマ案内書 父なるタロスよ、我らをお守りください! 私の名はアレッシア・オッタス。皆様に、ブルーマの全てをお教えしましょう。 ブルーマはニベンの町だと思われがちですが、スカイリムとの境界に近いことと、ジェラール山脈高地の寒く厳しい気候のため、実際はニベンよりもノルドの特色が強い町です。ブルーマは常に寒く、雪に覆われており、市民を凍死から守るために町のいたるところに火鉢が置かれ、絶えず火が焚かれています。ジェラール山脈の森林では木材が豊富に採れるため、ブルーマのあらゆる建物は木で造られており、どんな金持ちもみな暗く薄汚れた木造の小屋のような住居で暮らしています。このような気候の中で暮らすノルド人が、あのように飲んだくれで異教徒の野蛮人になるのも不思議はありません。なぜなら、厳しい気候の中では人間にできることは限られており、寒さをごまかすために前後不覚になるまで酒を飲もうとするものもいれば、身を切るような寒さや容赦ない風からひと時逃れるためだけに罪を犯すものもいるのです。 ブルーマ城もまた隙間だらけで寒く、装飾はぞんざいで、火鉢の煤のために薄汚れています。場内は煙と灰のにおいが充満しています。高い天井は立派ではありますが、そのせいで火が焚かれても城内は一向に暖まりません。石造りの部分も煤と汚れで完全に覆われているので、そこに施された見事な彫刻も今では全く見ることができません。その石造りの部分と全体の大きさをのぞけば、ブルーマ城は庶民の住む貧相な木の小屋と何一つ変わりません。 女伯爵ナリナ・カーヴェインはハートランドのニベン人で、熱心に礼拝に通い、領民にも敬われていますが、交渉の場においては狡猾で無情な一面を見せ、抜け目のないやり口と裏切り行為で評判の人物です。ブルーマの施政は効率的で秩序が守られています。頑固なノルド人の隊長が率いる衛兵たちはよく訓練されており精力的で、そのため泥棒や強盗の心配はありませんが、ノルド人の特徴である酔っぱらいと暴動ばかりはどうしようもありません。 町から城に行くには、町の西にある城門が城の中庭に通じています。商店、宿屋、ギルドは町の北と西の城門の前にある高台の上や、その下の聖堂の北側に集まっています。ブルーマの町の南半分は聖堂を中心として、住宅が町の東と南の内壁に沿って並んでいます。通りは狭く、並木などは植えられていません。この寒さの中では草木を植えても枯れてしまうのです。しかし、建物が小さい町に密集しているため、散策に時間はとられないでしょう。 ブルーマのニベン人たちは聖堂での日曜礼拝を敬虔に行っていますが、下層民は罪深くもノルドの異教の神を信仰し、彼ら独自の迷信や非文明的な儀式をあらためようとしません。 ノルド人の鍛冶屋は名匠が多いので、ブルーマで品質の良い武器や防具を買うことができるのは当然ですが、一方でノルド人は無学で読書をしないため、この町で本を手に入れるのは難しいでしょう。この町の戦士ギルドおよび魔術師ギルドはお粗末で人材も不足しています。誰しも、こんな寒く薄暗い町のギルドに派遣されたいとは思わないのでしょう。ただし、少なくとも魔術師ギルドはきちんと管理され、暖かく保たれています。(それにしても、いったいどのような恐ろしい魔術でその暖かさを生み出し、保っているのでしょう? 想像したくもありません) 皆様に九大神の祝福とご加護がありますように! 地理・旅行 茶2 アレッシア・オッタスの レヤウィン案内書 全ての労働にゼニタールの祝福を! 私の名はアレッシア・オッタス。レヤウィンの全てを皆様にお教えしましょう。 エルスウェーアとブラック・マーシュという野蛮な発展途上の地方に挟まれた土地に位置していること、またトパル湾から帝都へのニブン川の水上交通を守るという重要な役割をもつことから、レヤウィンは石垣と守備隊に囲まれた強固な要塞都市です。 ブラックウッドの沼だらけの自然の中にあるにもかかわらず、レヤウィンは明るく陽気なよく栄えた町です。道路は広くきれいだし、住み心地の良さそうな広い家々は木骨作りやしっくい塗りで、多くの家の壁はまるで今塗られたばかりのような美しい色で彩られています。町のいたるところに木々や花が植えられ、静かな広場や池の周りは瞑想をするのにもってこいの場所です。住民のアルゴニアンとカジートの低俗で大衆的な性質を無視すれば、レヤウィンは巡礼者にとって感じの良い安全な町だと言えるでしょう。 レヤウィン伯爵はマリアス・カロといい、彼が最近花嫁に迎えた美しく賢いアレッシアは、あの信望厚いコロールの女伯爵アリアナ・ヴァルガの娘です。伯爵夫妻は帝政化を熱心に推進しており、ニベン人によるハートランドの帝都文明である、伝統的な勤勉さ、礼拝の習慣、遵法精神などを辺境の未開人たちに広めるために尽力しています。 町はニベン川西岸に建てられた高い幕壁に囲まれています。町の東端にある2つの門の中にはさらに城壁があり、その中にはレヤウィン城が川の深い部分をまたぐように建っています。ゼニタール聖堂は町の北西、西の門にほど近い場所にあります。商店、宿屋、ギルドは全て聖堂の南側、町の西半分に密集していますが、そこ以外にも良い本屋と貿易商の店が一軒ずつ、西の門からのびて町を東西に横切る道の北側にあります。住宅街は町を南北に走る大通り沿いにあり、住宅街の東にはニベン川の曲がりくねった部分を囲い込んで作られた深い池が2つあります。 ステンダール聖堂と伯爵夫妻は、ニベン文化の恩恵を辺境の地に住む原住民に広めるために協力し合っています。グリーン・ロードおよび最近開通したトランス・ニベン周辺での盗賊による被害があるにもかかわらず、守護神ゼニタールの祝福のおかげでレヤウィンの産業・貿易は栄えています。 レヤウィンの自慢のタネは、シロディール随一(もちろん、帝都州は別にして)の商店や商人の質の高さです。さらに、職人や戦士ギルド・魔法ギルドの講師にいたるまでが、優れた能力を持っているのです。中でも、サザン書店には注目です―― この本屋を経営しているのはなんとオーク(!!!)で、『こどもの神学』の在庫を切らしません。この本は、神の教えを本当の意味で理解していない人々にも易しく読めるのでおすすめできます。 最近、戦士ギルドのライバル組織とも言える傭兵会社「ブラックウッド団」がこの地に新しい本部を建て活動を始めました。ブラックウッド団の構成員のほとんどはアルゴニアンとカジートですが、役員たちは礼儀正しく、丁寧で上品な言葉遣いで話すことができるようです。彼らは私に、ブラックウッド団は値段とサービスの品質で積極的に戦士ギルドと競争すると話してくれました。(これは帝国民として正しい行いであり、ゼニタールもきっとお喜びになるでしょう―― 新進の事業は産業の繁栄にとって有益です) 残念なことに、レヤウィンに住む全てのアルゴニアンとカジートが、ブラックウッド団の構成員のように勤勉で模範的な人々ばかりなわけではありません。町中ではどんな時間でもアルゴニアンのトカゲどもやカジートのネコどもが道端にたむろし、無駄話をしています。彼らがほんの少しの時間でも自分自身と家をきれいにすることに費やしてくれたならよいのに。 九大神を称え、罪に背を向けましょう! 地理・旅行 茶3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/132.html
シヴァリング・アイルズ動物総覧 ナムリル・エスプリンク 我が親友にして同僚であり、全世界の生物を守ったヴェンリストウィーに捧ぐ。 若い頃に私は動物相のあらゆる形態についての広範囲の研究に関する教育を受けたのだが、大遠征でシヴァリング・アイルズを調査した際の発見に対する驚きは、完全に想像を絶する物だった。私は生まれてからずっとここで暮らしてきたが、アイルズの生物がどれほど素晴らしく独特なものであり得るか、今になってようやく気がつき始めたのである。 大遠征は、6年間に及ぶ大規模な調査を行い、アイルズをくまなく調べて固有の動物相を分類し、その情報を後世および科学界のために記録しようという試みだった。各生物を詳細に描写すべく、私は最善を尽くした。この情報は多くの命を犠牲にして得られた物であり、他に類を見ないほど総合的で信頼できる参考文献だということを、特筆しておくべきだろう。 バリウォグ バリウォグは並外れて醜い水生生物で、シヴァリング・アイルズの湖、川、沼を主な生息地にしている。バリウォグ、あるいは地元民の一部がそう呼ぶところの「ウォグ」は、四足歩行を行い、決して愚鈍あるいは従順とは言えない性質を有する。十分に成長した成体のバリウォグはそのかぎ爪で強烈な一撃を与えることができ、また、非常に鋭い歯で噛みついて相手の命を奪う可能性すら持っている。この獣がもたらす致死性は実際のダメージによる物ではなく、それが引き起こすと思われる恐ろしい病気による物である。さらに注目すべき点として、水に浸かるだけで回復できるという神秘的な能力が挙げられる。観察した結論として言えるのは、この野獣はとにかく避けるほうが懸命だということである。彼らの中には、完ぺきな真珠を身体の中に持つ者がいると言われているが、一体なぜ真珠を呑み込むのか、そこにどんな効用があるのかについては、まだ分かっていない。 エリトラ エリトラは大きな昆虫のような生物で、アイルズの広い範囲に棲む固有種である。北方種(マニア)と南方種(ディメンシャ)とでは著しい色の違いがあるものの、行動パターンと肉体的構造は極めて似ている。エリトラは戦闘時に役立つ2つの興味深い仕組みを持っており、不用意な旅行者にとっては重大な脅威となっている。1つ目の能力は、武器による攻撃を防ぐ不思議な能力である。たとえば剣や矢といった、自分に向かってくる攻撃を察知するための早期警戒システムとして、彼らが触覚を用いているのではないかと、観察を通じて私は推測するようになった。触覚から脳に信号が送られ、彼らは本能的に腕をあげて攻撃を防ぐのである。2つ目の能力は、彼らの針に含まれている自然な毒である。毒は非常に微量であり、それゆえに欺かれやすいが、実はその持続性が致命的な性質をもたらすのである。放っておいた場合、この毒で平均的な男性は数時間のうちに死にいたるのである。最も恐ろしいのはエリトラ・マトロンの毒で、より小さな種類が出す毒よりもずっと長い持続性を持っている。 肉の精霊 アイルズで最も風変わりな生物の一種である肉の精霊は、皮と筋肉とを縫い合わせたような塊が不可思議な象徴で飾られ、鉄の襟を身にまとった姿で現れる。この生物を創造したのがシェオゴラスなのか、あるいは他のデイドラの王子なのかは定かではないが、これらを守護者として用いることが創造の意図であったことは間違いない。肉の精霊は通常、地下の廃墟で見受けられ、守るように指定された地域を、身が滅びるまで守り続ける。この生物が持つ独特な視覚的特徴として挙げられるのが、身体にあるエネルギースポットである。その部分には色がついており、内部からの光で輝きながら、精霊が持つ力を示しているように見える。身体の大きさが増すにつれて、光の色が黄、紫、赤と変わるようである。そのスポットの機能については未だ謎であるが、観察を通じて、魔法を弱める腺のような物ではないかと私は推測している。期待にたがわず、肉の精霊は病気や毒には全く影響されず、炎と霜に対しても高い抵抗力を持っている。逆に雷撃の魔法はどうやら彼らに影響を及ぼすようで、最大の弱点のように思われる。紫と赤の種類の物は、治癒や火炎球などの魔法能力も生来持っているようである。 ナール おそらく最も奇妙な生物と言えるのが、時に「歩く木」と呼ばれることもあるナールである。この活動的な植物は、エリトラと同じように、アイルズのほぼどこでもうろつき回っている姿を見ることができる。シェオゴラスが創造した中でも最高に独特な生物の一つであるナールは、自分に向けられた魔法を利用して自らの防御力を強化することができるという、実に変わった特性を持っている。炎、霜、電撃のいずれかに打たれるとナールは物理的に大きくなり、攻撃に用いられた元素に対して、短い間、耐性を持つようになる。おもしろいことに、ナールの脆弱性が現れるのはその時なのである。攻撃された元素に対して耐性を発揮している間、他のすべての元素に対して脆くなってしまうからだ。我々の遠征のガイドは、まず炎の矢をナールに放ち、続いて霜の矢を放ち、また炎の矢を放つといった形で、その性質を実際に見せてくれた。 グラマイト グラマイトはシヴァリング・アイルズで唯一の、生まれつき武器を巧み操れる生物である。水の中で生まれるこの原始的な人型の生物は、部族的な体系で組織化されているが、誰あるいは何を崇拝しているのかは明らかではない。グラマイトの創造主であるシェオゴラスを崇拝しているとも考えられるが、彼らの宗教的なトーテム像は、マッドゴッドとは似ても似つかない物である。ただ分かっているのは彼らが単純な階層制度を保っていることで、その中には、シャーマンや、他の者たちに指令を出していると思われるボス・グラマイトなどが含まれる。またグラマイトは、マグス・グラマイトによって証明されたように、魔法のかけ方も習得している。不思議なことに、グラマイトはバリウォグのそれに似た防御の仕組みを有している。水に浸かれば、グラマイトの傷ついた肉体は回復を始めるのだ。バリウォグとは異なり、この再生の仕組みは雨でも有効であるため、嵐の日の彼らは恐るべき存在となる。水による治癒能力という共通性を理由に、私はバリウォグとグラマイトには何らかのつながりがあると信じるに至ったのだが、広範囲に及ぶ調査をしてもなお、確かな関係性を見つけることはできていない。 ハンガー シェオゴラスの暗い側面を象徴する生物がいるとすれば、ハンガーである。紛れもないデイドラの生物として生まれた彼らは、従者および番人としてここアイルズに配置されているのである。ハンガーをあなどってはいけない。彼らは優れた素早さと電撃を跳ね返す能力を持ち、犠牲となる者を疲労させる一時能力をも有しているのである。この恐ろしい生物に遭遇した際の最良の方法として私が勧められるのは、とにかく近寄らないようにするか、あるいは即座に殺してしまうことである。呪文を唱えることによりハンガーを召喚し、敵に立ち向かわせることができる魔法が存在しているとも言われているので、用心していただきたい。 スケイロン スケイロンもまた、シヴァリング・アイルズ固有の水生生物である。直立したバリウォグに驚くほど似ているスケイロンは、大きなヒレのついた腕と、背トゲをその特徴としている。この生物は通常は非常に恐るべき存在で、獲物の後を追ってゆっくると歩き回っている。その遅いスピードが弱点だと勘違いしてはいけない。スケイロンは驚くべき跳躍攻撃ができるため、かなり遠くから獲物に襲いかかることが可能なのだ。バリウォグとのつながりとしてもう一つ挙げられるのは、噛んだりかぎ爪を用いたりすることにより、獲物に病気を移すことができるという事実である。接近戦ではとてつもなく恐ろしい相手となり得るので、最大距離を取った上で呪文やミサイルを用いて攻撃することが望ましい。 シャンブルズ シャンブルズは、骨を用いて作ったアンデッドな構造物を、針金あるいは布きれを用いてつなぎ合わせたような姿をしている。奇妙なことに、彼らの組み立てに用いられている骨は、相互関係がまるでお構いなしのように見える。いくつか例を挙げるなら、頭蓋骨が膝のお皿になっていたり、脚の骨が腕になっていたりという具合なのである。シャンブルズはアンデッドかもしれないが、犠牲となる者を追いかける時には、まるで獲物を追う肉食動物のようである。骨っぽいアンデッドの仲間と同じように、シャンブルズは、病気、毒、麻痺に対して完全な耐性を持つ。また、すべての霜の魔法に対し、独特な耐性を有している。さらに、死を迎える際にシャンブルズは爆発し、見事な霜のシャワーを降らせる。この興味深い能力はどうやら、土壇場での防御機能として創造主によって付け加えられた物のようだ。私は元々この事実を知らなかったのだが、最も有能なガイドの一人が致命的な一撃をシャンブルズに与えた時に、初めて分かったのである。このアンデッド生物と戦うつもりなら、霜に対する防護物を必ず携帯するか、距離をおいて殺すようにすべきである。 皮を剥がれた猟犬 この忌まわしいアンデッド獣は、通常、アイルズに点在する廃墟の中あるいは周辺で遭遇することが多い。皮を剥がれた猟犬は身のこなしが非常に敏捷で、肉に対する飽くなき欲望を持っている。肉の精霊と同じように、皮と筋肉をぞんざいに縫い合わせたような姿をしているが、召喚された生物なのかあるいはただ単に組み立てられた物なのかについては定かでない。皮を剥がれた猟犬は決して侮れない敵である。まるで幽霊のように全く目にも留まらない突進攻撃ができるし、霜に対する有限の抵抗性を持ち、さらに、病気と毒に対する完全な免疫を持っているからだ。この獣の弱点は炎である。火におびえるほどの知性は持ち合わせていないようだが、彼らを手早く片づける方法として炎が非常に効果的であることは間違いない。 この著作は生物との戦いに関する側面のみに言及しているに過ぎないが、シヴァリング・アイルズの境界内を旅するすべての旅行者にとって、最重要な物だと私は感じている。今後の著作の中では、これらの生物が持つ別の側面、すなわち、再生産、創造、魔法的な起源、そしてさらには旅行中に私が発見したおいしい調理法にまで、触れてみるつもりである。アイルズの道を歩く際の最善の助言として私が言えるのは、常に慎重さを保ち、心の準備を怠らずにいることである。敵を知ることが、おぞましい死と生とを分ける境目になり得るのだ。 SI 生物学 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/199.html
狼の女王 第3巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀98年 今年も残りあと2週間というとき、皇帝ペラギウス・セプティム二世が逝去した。「北風の祈祷祭」のさなかの星霜の月15日のことで、帝都にとっては悪い兆しだと考えられた。皇帝が統治した17年間は苦難の連続だった。枯渇した財源をうるおそうと、ペラギウスは元老院を解散させ、その地位を買い戻させたのだ。有能だが貧しい評議員を何人か失った。皇帝は復讐に燃える元老院のメンバーによって毒殺されたのだ、多くのものがそう口にした。 亡き父の葬儀と新皇帝の戴冠式に出席するため、皇帝の子供たちが帝都にやってきた。末っ子のマグナス王子は19歳で、アルマレクシアから帰郷した。彼はそこで最高裁判所の審議官を務めていた。21歳になるセフォラス王子はギレインからレッドガードの花嫁、ビアンキ王女を連れて帰ってきた。長男のアンティス王子は43歳になる推定皇位継承者で、父とともに帝都で暮らしていた。最後に現れたのは、「ソリチュードの狼の女王」と呼ばれる一人娘のポテマだった。30歳になるまばゆいばかりの美女で、壮観な従者の一団を連れて、初老のマンティアルコ王と1歳になる息子のユリエルとともにやってきた。 当然のことながら、アンティオカスが皇位を継ぐものと思われていた。狼の女王に何かを期待するものはいなかった。 第三紀99年 「今週になって、毎日夜中近くに、ヴォッケン卿が数人の男をポテマ様の私室に連れ込んでおりました」と、諜報参謀は言った。「ご主人にそれとなく気づかせればおそらく──」 「ポテマは征服の神、レマンとタロスの信奉者だ。愛の女神、ディベラではない。その男たちと乱交に及んでいるのではなく、何かを企んでいるのだろう。誓ってもいいが、妹よりも私のほうが男とベッドをともにした経験が豊富だろう」アンティオカスはげらげらと笑ってから、真剣な顔つきになった。「元老院が戴冠を先延ばしにしている裏では妹が絡んでいるのだろう。まちがいない。もう6週間になる。書類の更新と戴冠式の準備に時間がかかるということらしいが。皇帝はこの私だ! 堅苦しいことは抜きにして、冠をかぶせてくれ!」 「たしかにポテマ様はあなたの友人ではございませんが、要因は他にも考えられますぞ。お父上がいかに元老院を冷遇されたか、お忘れではあるまい。警戒すべきは彼らのほうでしょう。必要とあらば、手荒い説得もやむをえませんな」諜報参謀はそう言うと、意味ありげにダガーを突いてみせた。 「かまわん。が、めざわりな狼の女王にも見張りをつけておけ。私がどこにいるかはわかってるな」 「どちらの遊郭でしょうか?」と、諜報参謀は訊いた。 「今日は金曜ゆえ、『猫とゴブリン』であろう」 ポテマ女王のもとに訪問者はなかったと、諜報参謀はこの夜の報告書に書きこんだ。というのも、ポテマは御苑の向かいにある蒼の宮殿で、実母であるクインティラ女帝と夕食をとっていたからだった。冬にしては暖かい夜で、昼間の嵐が嘘のように空には雲ひとつなかった。地面はたっぷり水を吸い込んでいたため、格式ばった庭園は水を撒いたあとのような光沢を放っていた。二人はワインを片手に広いバルコニーに向かい、地上を見下ろした。 「腹違いの兄さんの戴冠を妨害しようとしてるわね」と、クインティラは視線を合わさずに言った。時の流れは母親にしわを刻んだというよりも、しおれさせてしまっていた。そう、石に描かれた太陽のように。 「そのつもりはないわ」と、ポテマは言った。「でも、そうだと言ったら心が痛む?」 「アンティオカスは私の息子じゃないわ。私があの人と結婚したとき、アンティオカスは11歳だった。それからずっと疎遠なまま。あの子は推定皇位継承者になったせいで成長が止まったのよ。家庭を築いて立派な子供たちがいてもおかしくない年齢なのに、あいかわらず道楽と女遊びにふけってる。立派な皇帝にはなれないわ」クインティラはため息をついて、ポテマのほうを向いた。「けど、不満の種を撒いても家族のためにはならない。派閥に分かれるのは簡単だけど、絆を結びなおすのはとても難しい。帝都の未来が心配だわ」 「そんなことを言うなんて── お母さん、ひょっとしてもう長くないの?」 「凶兆が見えたわ」クインティラははかない、皮肉めいた笑みを浮かべた。「忘れないで、私はカムローンでは高名な妖術師なのよ。私の命はあと数ヶ月。それから一年もしないうちに、あなたの夫も亡くなるわ。心残りがあるとしたら、成長したユリエルがソリチュードの王になるところを見届けられないことね」 「お母さんには見えたのかな──」ポテマは言いよどんだ。自分の計画をぺらぺらと話すべきではなかった。その相手が、死にかけている母親であっても。 「ユリエルが皇帝になれるかどうかって? その答えもわかってるわ。心配しないで。あなたはその答えを見届けられるわ、いずれにしても。ユリエルに贈り物があるわ、大人になったときのために」女帝は大きな黄色の宝石がひとつ埋め込まれたネックレスを首から外した。「魂の宝石よ。雄々しい人狼の霊魂が吹き込まれているの。私とあの人が36年前に戦って倒したのよ。幻惑系の魔法をかけてあるから、着用者は望んだ相手を魅了できるわ。王様にはもってこいのスキルでしょう」 「皇帝にもね」ポテマはネックレスを受け取った。「ありがとう、お母さん」 一時間後、手入れされた一対の植え込みから伸びる黒い枝の脇を通りすぎたとき、ポテマは不穏な影に気づいた。その影は私室へと続く小道に立っていたが、ひさしの落とす闇の中へ消えた。あとをつけられていることには気づいていた。宮中の生活にはこうした危険がつきまとう。が、この影は彼女の私室に近づきすぎていた。ポテマは首のネックレスにそっと指をすべらせた。 「姿を見せなさい」ポテマは命じた。 男が暗がりからすっと出てきた。浅黒い小柄な中年の男で、黒く染めたヤギ皮をまとっていた。視線は凍りついたようにじっと動かない。魔法がきいているのだろう。 「誰に命じられたの?」 「わが主人、アンティオカス王子」と、男は死人のような声で言った。「私は王子のスパイ」 ある計画を思いついた。「王子は書斎にいるの?」 「いいえ」 「鍵は持ってるの?」 「はい、女王様」 ポテマは満面の笑みを浮かべた。この男はもう私のものだわ。「案内してちょうだい」 翌朝、またもや嵐が吹き荒れた。たたきつけるような風雨が壁や天井を打ち鳴らし、アンティオカスを苦しめた。昨晩遅くまで痛飲したのだが、若かりしときのように二日酔い知らずというわけにはいかないらしい。彼はベッドをともにしているアルゴニアの娼婦を激しく揺さぶった。 「たのむから窓を閉めてくれ」と、アンティオカスはうめいた。 窓が閉められるやいなや、扉にノックの音がした。諜報参謀だった。王子に微笑みかけると、一枚の紙を手渡した。 「こいつはなんだ?」と、アンティオカスは横目で見ながら言った。「まだ酔いがまわってるらしい。オークの字みたいに見えるよ」 「きっとお役に立ちましょう。ポテマ嬢がお見えになられていますぞ」 アンティオカスは服を着ようか娼婦を追い出そうか迷ったが、思いなおした。「部屋に通せ。あいつをカチンとこさせてやろう」 ポテマがカチンときたにせよ、表情には出さなかった。オレンジとシルバーのシルクにくるまって、勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。人間山脈ヴォッケン卿がすぐあとをついてきた。 「こんばんは、兄さん。昨晩、お母さんと話してね、とっても知的なアドバイスをいただいたの。公の場では兄さんと戦うなと言われたのよ。家族と帝都のためを思って。そういうわけで──」そこまで言うと、法衣のふところから一枚の紙を差し出した。「兄さんに選ばせてあげるわ」 「選ぶ?」アンティオカスは笑みを投げ返した。「それはどうもご親切に」 「皇位をみずから放棄してちょうだい。そうすれば元老院にこれを見せる手間がはぶけるわ」ポテマは義兄に手紙を手渡した。「兄さんの印章つきの手紙よ。自分の父親がペラギウス・セプティム二世じゃなくて、宮廷執事のフォンドウクスだってことを兄さんは知っていましたって告白してあるの。さあこれで、この手紙を書いたかどうかを否定するまでもなく、兄さんは噂を否定できなくなるわ。それに、元老院はきっと、あの元皇帝なら奥方を寝取られてもさもありなんと信じるでしょうね。にっくき相手だもの。真実がどうあれ、手紙がいんちきであろうとなかろうと、このスキャンダルで兄さんが皇帝になれるチャンスは吹っ飛ぶわ」 アンティオカスは青ざめた顔で憤っていた。 「心配ないわ、兄さん」ポテマは兄の震える手から手紙をひったくった。「快適な隠遁生活を送れるようにしてあげるから。心が望むだけ、その下半身が望むだけ、娼婦をあてがってあげる」 と、アンティオカスはいきなり笑い出すと、諜報参謀に目配せした。「そういえば、私がこっそり隠していたカジートの春画を見つけ出して、脅迫してきたことがあったな。かれこれ20年も前になるか。おまえも気づいたはずだが、最近は鍵もかなり進歩しててね。自分の力では望んだものが手に入らないとわかって地団駄を踏んだことだろうな」 ポテマはただ笑ってみせた。だからなんだっていうの。もうこっちのものだもの。 「ここにいる私の従者を魅了してまんまと書斎に入り込み、印章を使ったんだな」アンティオカスはにやにや笑った。「呪文を使ったか。魔女の母親に教わって?」 ポテマはひたすら笑みを浮かべていた。義兄は思ったよりも頭が切れるわ。 「魅了の呪文は、どんなに強力なものでも、後に効力が消えることを知っているか? もちろん、知らなかったろう。魔法はおまえの得意とするところじゃなかったからな。ひとつ教えてやろう。長い目で見れば、呪文をかけるより、俸給をふんぱつしたほうが奉公人はより長い間仕えてくれるものさ」今度はアンティオカスが一枚の紙を取り出した。「それでは、おまえに選択肢を与えよう」 「どういうこと?」と、ポテマは言った。笑顔はしおれかけていた。 「意味不明なものにしか見えないが、心当たりがあるならはっきりとわかるだろう。練習用紙だよ。私の筆跡に似せようとしているおまえの筆跡でいっぱいの。いい贈り物をもらったよ。以前にもやったことがあるんじゃないのか、他人の筆跡をまねたことが。そういえば、おまえの旦那の亡くなった奥方が書いたとされる、夫婦の第一子は婚外子と告白した手紙が見つかったそうだな。その手紙もおまえが書いたんじゃないのか。おまえがくれたこの証拠を旦那に見せたら、あの手紙もおまえが書いたものだと信じるかもしれないな。いいかね、狼の女王。今後いっさい、同じような罠をしかけようなんて思いなさんな」 ポテマはかぶりを振った。はらわたが煮えくり返ってしゃべることもできなかった。 「そのいんちきの手紙をよこすんだ。で、ちょっと雨にでも打たれてくるといい。そして、のちほど、私を皇位につかせないためにおまえがどんな陰謀をたくらんでいたのか白状してもらうとしよう」アンティオカュスはポテマをまっすぐに見すえた。「私は皇帝になるつもりだよ、狼の女王。さあ、行くがいい」 ポテマは義兄に手紙を手渡すと、部屋を出ていった。廊下に出てからしばらく、言葉が出てこなかった。大理石の壁についた目に見えないほど細かい裂け目からしたたり落ちる銀色の雨水をじっとにらんでいた。 「ええ、皇帝になるがいいわ」と、ポテマは言った。「けど、いつまでもというわけにはいかない」 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/169.html
2920 収穫の月(8巻) 第一紀 最後の年 カルロヴァック・タウンウェイ 著 2920年 収穫の月1日 モーンホールド (モロウウィンド) 彼らは黄昏時に公爵の中庭に集まり、温かい焚き火とビターグリーンの葉の香りを楽しんだ。小さな燃えかすが空へ舞い上がってはすぐに消えた。 「私は軽率だった」公爵は、冷静な口調でそう認めた。「そして、ロルカーンは彼らに味方し、全てが彼らの思うままになった。私がモラグ団に支払った報酬が内海に沈んだ今、皇帝の暗殺は失敗だ。君はデイドラの王子たちと協定を結んだのではなかったのか」 「船乗りたちがデイドラと言っていたものが、本当にデイドラかどうか」と、ソーサ・シルが答えた。「船を壊したのは、狂暴な魔闘士や稲妻の類かもしれません」 「皇太子と皇帝は、我々との休戦協定に基づいてアルド・ランバシを占領するため、かの地へ向かっている。自分らの利権については交渉してくるくせに、我々には交渉の余地を与えないとは、シロディールの連中らしいよな」ヴィヴェックは地図を取り出した。「アルド・ランバシの北西の、このファーヴィンシルという村で彼らを待つんだ」 「でも、そこで彼らを待って、話し合いをするのですか?」アルマレクシアがたずねた。「それとも戦うのですか?」 誰もそれには答えなかった。 2920年 収穫の月15日 ファーヴィンシル (モロウウィンド) 夏の終わりのスコールが小さな村を襲っていた。空は暗く、時折稲妻が曲芸のように雲から雲へと渡った。通りはかかとほどの深さのある川のようになり、皇太子はそう遠く離れた場所にいない指揮官たちと話すのに大声で叫ばなければならなかった。 「あそこに宿屋がある! あそこで嵐が過ぎるのを待ってからアルド・ランバシへ進むぞ!」 宿屋の中は暖かく、外の雨とは無縁のようで、にぎわっていた。バーの女たちがせわしなく、グリーフやワインを奥の部屋へ運んでいた。どうやら重要な人物が来ているようだった。タムリエル皇帝の後継者などよりもずっと重要な人物が。ジュレックは面白がって彼女らの様子を見ていたが、そのとき、彼女らの一人が「ヴィヴェック」という名前を口にした。 「ヴィヴェック閣下……」と、ジュレックは奥の部屋に駆け込んで言った。「信じていただきたい。ブラックゲートへの攻撃は、私のあずかり知らないところで行なわれたのです。もちろん、直ちに賠償をさせていただきたいと思います」彼は一瞬沈黙し、部屋の中に見慣れない人物がたくさんいるのに気付いた。「失礼しました、私はジュイレック・シロディールです」 「アルマレクシアです」皇太子が今までに見た中で一番美しい女性が名乗った。「こちらへお入りになりませんか?」 「ソーサ・シルです」白いマントをつけた厳格な面持ちのダークエルフが皇太子と握手し、椅子を勧めた。 「インドリル・ブリンディジ・ドローム、モーンホールド大公です」と、皇太子が席に着くと、隣に座っていた大柄な男が言った。 「先月に起こったことからもわかるとおり、帝都軍は私の指揮下にはないのです」皇太子はワインを注文し、話しはじめた。「帝都軍は父のものですから、まあ当然なのですが」 「皇帝陛下もアルド・ランバシへいらっしゃるのでしょう」と、アルマレクシアが言った。 「表向きはそういうことになっていますが……」と、皇太子は慎重に言葉を選びながら言った。「実際は、まだ帝都に残っているのです。不運な事故がありまして」 ヴィヴェックは公爵を見てから、皇太子のほうを向いた。「事故?」 「皇帝は無事なのです」と、皇太子は慌てて言った。「命に別状はないものの、片目を失明しそうなのです。この戦争とはまったく無関係の諍いの結果です。不幸中の幸いは、皇帝が回復するまで私が皇帝の代理になるということです。今、この場で結んだ条約は全て帝都に持ち帰られ、皇帝の代はもちろん、私が正式に皇帝になってからも効力を失うことはありません」 「それなら、さっそく始めましょう」アルマレクシアがほほえんだ。 2920年 収穫の月16日 ロス・ナーガ (シロディール) ロス・ナーガの小村の眺めは、キャシールの目を楽しませた。色とりどりの家がロスガリアン山脈の大地を見下ろす断崖に立ち並び、遠くハイ・ロックまでを見渡すことができた。息をのむような素晴らしい眺めに、彼は最高の気分だった。しかし同時に、このような小さな村では、彼と彼の馬が満足な食事をとることはできなさそうだとも思っていた。 彼が馬で村の中心の広場まで来ると、そこに「イーグルズ・クライ」という宿屋があった。厩番の少年に馬をあずけ、餌をやるように言いつけてから、キャシールは宿屋に入った。宿屋の中の雰囲気は、キャシールを圧倒するようなものだった。ジルダーデールで見たことのある吟遊詩人が、地元の山男たちに陽気な音楽を奏でていた。そういった陽気さは、今の彼にはうっとうしかった。音楽と喧騒から離れた場所にテーブルが一つあり、陰気なダークエルフの女性が座っていた。キャシールは自分の飲み物を持ってそちらへ行き、同じテーブルについた。その時初めて、彼はその女性が生まれたばかりの赤ん坊を抱いていることに気付いた。 「モロウウィンドから着いたばかりなんです」彼はどぎまぎして、声を落としながら話しかけた。「ヴィヴェックとモーンホールド公爵の側で、帝都軍と戦っていたんですよ。自分と同じ人種を裏切ってきたわけです」 「私も、同じ人種の人たちを裏切ってます」と、女性は言い、手に刻まれた印を見せた。「もう、故郷には帰れません」 「まさか、ここに滞在するつもりじゃないでしょうね?」キャシールは笑った。「ここは確かにいいところですが、冬までいてごらんなさい、目の高さまで雪が積もるんですよ。赤ん坊がいられるところじゃありません。その子、名前は何ていうんです?」 「ボズリエルです。『美しい森』という意味です。これからどちらへ行かれるのですか?」 「ハイ・ロックの海沿いにある、ドワイネンというところです。よかったら一緒に行きませんか。連れがいたほうがいいんです」キャシールは手を差し出した。「キャシール・オイットリーです」 「トゥララです」と、一瞬考えてから、彼女は答えた。風習に従って苗字を先に言おうとしたのだが、その名がもはや彼女の名前ではないことに気付いたのだった。「ありがとう、ぜひ、ご一緒させてください」 2920年 収穫の月19日 アルド・ランバシ (モロウウィンド) 城の大広間に、5人の男と、2人の女が黙って立っていた。聞こえてくる音といえば、羽ペンが羊皮紙の上を滑る音と大きな窓を叩く雨の音だけだった。皇太子が文書にシロディールの印を押し、公式に戦争が終わりを告げた。モーンホールド公爵は喜びの声をあげ、80年間続いた戦争の終結を祝うため、ワインを持ってくるように言いつけた。 ソーサ・シルだけが、喜ぶ人々の輪から離れて立っていた。彼の顔からは、どんな種類の感情も読み取れなかった。彼は物事の終わりや始まりといったものを信じておらず、ただいつまでも続く繰り返しの一部分としか思っていなかったのだ。 「皇太子殿下」城の執事が、祝いの最中に申し訳なさそうに入ってきた。「お母様の皇后陛下からの使者が到着し、皇帝陛下に謁見したいとのことだったのですが、間に合わなかったために──」 ジュレックは周囲に断り、使者と話すためにその場を離れた。 「女帝は帝都に住んでいないのか?」とヴィヴェックがたずねた。 「ええ」アルマレクシアは、悲しい顔で首を横に振った。「皇帝が、女帝が反逆を企てていると疑って、彼女をブラック・マーシュに幽閉したのです。女帝は莫大な資金を持ち、西コロヴィア地方の多くの領主と同盟関係にあったため、皇帝は彼女を処刑することも離婚することもできませんでした。皇帝と女帝は、ジュイレック王子がまだ子供のころから17年間、離れて暮らしています」 数分後、皇太子が戻ってきた。平静を装おうとしていたが、彼の顔からは不安の色がにじみ出ていた。 「母が私を呼んでいる」と、彼は簡潔に言った。「申し訳ないが、行かなくてはなりません。もしよければ、この条約文書を持っていって女帝に見せ、喜ばしい平和条約が結ばれたことを報告したいと思います。その後、文書は帝都に持ち帰り、公式に発効させます」 ジュイレック王子はモロウウィンドの3要人に丁寧な別れの挨拶を延べ、広間を出た。馬に乗った皇太子が夜の雨の中を南のブラック・マーシュへ向けて走ってゆくのを窓から見ながら、ヴィヴェックは言った。「彼が皇帝になれば、タムリエルはずっと良い国になるだろうな」 2920年 収穫の月31日 ドルザ・パス (ブラック・マーシュ) 荒涼とした石切り場の上に月がのぼり、熱い夏の間に溜まった沼気が立ち上っていた。皇太子と二人の護衛は馬で森を抜けたところだった。太古の昔、この地に住んでいた人々は北からの侵入者を防ぐために泥と肥やしを高く積み上げて土塁をつくり、それは彼らが滅び去った今も残っていた。しかし、侵入者たちはこの土塁を破っていたようだ。ドルザ・パスと呼ばれる道が、この何マイルも続く土塁を貫いていた。 土塁の上にはねじ曲がった黒い木々が生え、絡み合った網のような奇妙な影を落としていた。皇太子は、母の手紙のことを考えていた。その謎めいた手紙には、侵略の脅威がほのめかされていた。もちろん、そのことをあのダークエルフたちに伝えることはできなかった。少なくとも、もっと詳しいことを知り、皇帝に報告した後でなければ。何よりも、手紙は彼だけに宛てて書かれていたのだ。急を要しそうなその文面に、彼は直接ギデオンへ出向くことを決めたのだった。 女帝からの手紙には、最近、解放された奴隷たちがドルザ・パスで行商人を襲うことが多いので気をつけるようにとも書かれていた。そして、奴隷を使っていたダークエルフではないことを示すため、皇帝家の紋章が入った盾を目立つように掲げるようにとの助言が付け加えられていた。背の高い草が不愉快な川のように道を横切って生い茂っている場所があり、そこを通るときに、皇太子は盾を掲げるように命じた。 「奴隷たちが通行人を襲うならこのあたりでしょうな」と、護衛隊長が言った。「ここは待ち伏せにぴったりです」 ジュレックはうなずいたが、心では別のことを考えていた。女帝のいう侵略の脅威とは何だろうか? アカヴィリがまた海から攻めてきたのか? もしそうだとしても、ジオヴェーゼ城に幽閉されている母がなぜそれを知り得たのか? そのとき後方の草の中で何かが動く音と、短い叫びが聞こえたので、彼の考えは中断された。 振り向くと、皇太子は一人になっていた。護衛が消えていたのだ。 皇太子は、月明かりに照らされた草原を見渡してみた。道を吹き抜ける風に草原はまるで大海原で潮が満ち引きするように揺れ、その様子は幻惑的ですらあった。この揺れ動く草の下で、兵士が格闘していても馬が死にかけてもがいていても、わかりそうになかった。ひゅうひゅうと吹く風がまわりの音を消し、伏兵にやられた兵士が声をあげても彼の耳には届かないだろう。 ジュレックは剣を抜き、どうすべきか考えた。理性が、混乱する心に落ち着くよう告げていた。彼は、道の入り口よりも出口に近い地点にいた。護衛を殺した者は、おそらく後ろにいるはずだった。馬をとばせば、逃げ切れるかもしれない。彼は馬に拍車をかけ、前方に見える黒い泥の丘へ向けて駆け出した。 彼の体が宙を舞ったとき、あまりにも突然すぎて、彼にはいったい何が起こったのかわからなかった。少し離れた先の地面に投げ出され、衝撃で肩と背中の骨が折れたようだ。全身がしびれ、馬のほうを見ると、かわいそうに腹に大きな傷を負って死にかけていた。草の高さのあたりから突き出ている数本の槍でやられたのだろう。 ジュイレック王子は、草むらから出て来た者の顔を見ることも、動いて身を守ることもできなかった。皇帝家の人間にふさわしい死の儀式もないまま、彼は喉を切り裂かれた。 ミラモールは、月明かりに照らされた死体の顔を見て悪態をついた。彼は以前、ボドラムの戦いで皇帝の指揮下で戦い、その際に皇帝の顔も見ていたので、この人物が皇帝でないことはすぐにわかった。死体の服を探り、彼は手紙と条約文書を見つけ出した。モロウウィンドを代表するヴィヴェック、アルマレクシア、ソーサ・シル、そしてモーンホールド公爵と、シロディール帝都を代表するジュイレック・シロディールの署名のある平和条約だった。 「ついてない」と、草のざわめく音の中、ミラモールはぶつぶつと独り言を言った。「皇太子しか殺せなかった。何の得にもならない」 ミラモールはズークに言われたとおり、手紙を始末し、条約文書はポケットにしまった。大抵、こうした珍しいものには金を出そうという者がいるのだ。彼は用のすんだ罠を取り外し、次はどこへ行こうかと考えた。ギデオンに戻り、依頼主に皇帝ではなくその後継者を暗殺したと報告し、いくらかでも報酬をもらえないかたずねてみようか? それとも他の土地へ行こうか? 少なくとも、彼はボドラムの戦いで2つの有用な能力を身に付けていた。ダークエルフからは、槍を使った強力な罠の作り方を学んだ。そして、帝都軍を去ることで、草むらに忍んで動き回る能力を身に付けたのだった。 時は薪木の月へと続く。 物語(歴史小説) 紫1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/120.html
ゾアレイム師匠伝 ギ・ナンス 著 トーバルにある「踊る双子の月の神殿」は何百年ものあいだ、足と拳が資本の戦士にとって、タムリエルの中でも屈指の訓練場でありつづけてきた。師匠たちは帝都各地からやってくる生徒を年齢に関係なく受け入れ、いにしえの技術から近代的な応用技まで幅広く教えている。過去に卒業した多くの門弟たちが成功を収めた。私もそこで学んだひとりだ。子供のころ、最初の師匠であるゾアレイムに訊いたことを覚えている。神殿の教えをもっとも深く理解したのはどの卒業生でしょうか、と。 「あの男に会ったとき、私はまだ師匠ではなく一介の生徒だった」と、ゾアレイムは言った。懐かしむように笑みを浮かべて。師匠のしわだらけの大きな顔が、しなびたバスラムの木の実のように見えた。「ずいぶんと昔の話だ。おまえの両親が生まれるよりも前のことだ。何年も神殿で修練を積んでいた私は、踊る双子の月の神殿の誇る博覧強記の師匠が教鞭をとる、非常に難度が高く、求められるものも大きい授業を受けるほどまでになっていた」 「ギ・ナンス、おまえにもやがてわかる時がこよう。逞しい体は逞しい心と共に鍛えられることを。この神殿には、リドル・サーの流儀に従って我らが何年もかけて築いてきた、基幹となるべき訓練の手法がある。私は階段を登りつめて大いなる力とスキルを手にした。たとえ魔術や神がかり的な力を使おうとも、素手による戦いでこの私に勝てるものはほとんどいないだろう」 「その当時、神殿には奉公人がいた。私や授業仲間よりもいくらか年上のダンマーだ。が、彼のことなどまったく眼中になかった。もうかれこれ数年間、こっそりと訓練場に入ってきて、数分で掃除をすませ、黙ったまま出ていくのが彼の日課になっていたからだ。もっとも、彼が何かしゃべっていたとしても、我らは上の空だったろうが。訓練と授業に入り込んでいたからな」 「最後の師匠が、私を含めた数名の徒弟に向かって、神殿を後にするか師となるときが来たようだと告げると、盛大な祝祭が催された。『たてがみ』もわざわざ足を運んで祝祭をご覧になられた。昔も今もここは哲学と戦闘の神殿であるため、神殿の格闘場では、数名のエリートだけでなく全生徒が参加しての討論会や競技会が行われた」 「祝祭の初日、初戦の相手は誰なのだろうかとグラディエーターの登録名簿をながめていると、背後の会話が耳に入ってきた。奉公人が神殿の大僧正と話していたのだ。ダンマーの声を聞いたのはそのときが初めてだった。そして初めて彼の名を知った」 「モロウウィンドで戦っている郷里の仲間と再会したいという気持ちはよくわかるとも、タレン」と、大僧正は言った。「残念至極ではあるがな。おまえはもう、この神殿になくてはならない存在であったから。みんなさみしがるだろうが。私にできそうなことがあったら、なんなりと申しつけるがいい」 「なんとも嬉しいお心遣いでしょう」と、ダンマーは答えた。「ひとつだけ頼みがございますが、おいそれと認められることではないかもしれません。この神殿にやってきてからずっと、修練にはげむ生徒たちの姿を目にしているうちに、自分でも職務の合間を縫って練習を続けてきたものです。私はしがない奉公人でしかございませんが、格闘場で戦うことをお許しいただけるのなら、まことに名誉でありましょう」 「あまりにおかどちがいなエルフの放言に、私はあえぎかけた。修練を積んだわれわれと対等に戦わせてほしいなどと、よくもぬけぬけと言えたものだ。驚いたことに、大僧正はふたつ返事で請け合うと、初心者階級の登録名簿にタレン・オマサンの名を書き加えたのだ。私はエリートの同輩たちにこの話を耳打ちしたくてうずうずしていたが、あと数分で自分の初戦が始まるところだった」 「私は十八戦連続で戦い、全勝した。格闘場に集った観衆は私の才能のことを知っていて、対戦が終わるたびに控えめな、驚きの少ない拍手を浴びせてきた。どんなに戦いに集中しようとしても、格闘場の他のグラディエーターのほうに注目が集まっていくのが気になってしかたがなかった。観客はひそひそ話に勤しみ、無傷の連勝記録よりもはるかに刺激的で、先の読めない対戦を求めて何人もが席を立ちはじめていた」 「踊る双子の月の神殿で教えるもっとも大切な授業のひとつが、虚栄心を捨てることだろう。私はそのとき、心と体の個人的共時性を成し遂げることの、無意義な外部的影響をはねつけることの大切さを理解してはいたが、心では受け入れていなかったのだな。自分が強いことはわかっていながら、自尊心が傷ついたのだ」 「とうとうチャンピオン決定戦となった。私は勝ち残ったふたりのうちのひとりだった。対戦相手の戦士を目にしたとき、傷だらけの威厳に満ちていた私の心は不信感に染まった。私の敵は奉公人のタレンだったのだ」 「これは冗談にちがいない、哲学的な最終試験にちがいないと、私は自分に言い聞かせた。それから観衆を見やると、世紀の一戦が始まるという期待感で誰もが目を輝かせていた。タレンと敬意を取り交わした。私はぎくしゃくと、彼はいかにも慎み深く。戦いが幕を開けた」 「最初はさっさと終わらせる気でいた。タレンなど格闘場を掃除するほどの価値もないのに、そこで戦うなどもってのほかだと思っていた。まったくとんちんかんな考えだったよ。タレンも私と同じように、何人もの生徒を倒して決勝の舞台まで勝ち上がってきたとわかっていたはずなのに。タレンは私の攻撃に対してよくあるカウンターで応じ、殴られたら殴り返した。幅広いスタイルを持っていて、洗練された難しい足技を使ったかと思えば、次の瞬間には単純なジャブやキックを放ってきた。私は執拗に攻撃を繰り出してタレンを圧倒しようとしたが、私の才能を恐れるような、あるいは見下すような色がその顔に浮かぶことはなかった」 「長い戦いになった。いつ敗北を覚悟したのかは覚えていないが、試合が終わっても結果をすんなりと受け入れた。普段は感じないようなうそ偽りのない謙虚さでもって、私は彼に一礼した。が、万雷の拍手に送られながら格闘場をあとにするとき、私は訊かずにはいられなかった。いったいどうやって師匠級の腕前をこっそりと磨いていったのかと」 「私の立場ではそうするしかなかったのです」と、タレンは言った。「毎日毎日、私は優秀な生徒の訓練場を掃除し、それが終わると初級の生徒の訓練場を掃除してきました。そのせいか、初歩的な失敗や教訓、技術を忘れるという不運に見舞われることなく、師匠のあるべき道を観察し、学んでいくことができたのです」 「翌朝、タレンはトーバルを後にして故郷へ帰っていった。それ以来、彼とは会っていない。人づてに僧侶や師になったという話を耳にはしたが。私も師になって、踊る双子の月の神殿で訓練を始めたばかりの子供達や、才能ある者達の面倒を見ている。そして傑出した生徒がいれば、ゆめゆめ初心を忘れることのないよう、未熟な戦いを見物しに連れていくことにしているのだ」 緑3 随筆・ルポルタージュ